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玄関開けたら異世界トリップ(後編)
こうして、玄関開けたら突然向こう側にあった“リルデラルム国”での、僕の“セージロウ”としての生活が始まった。
この世界に来た日、師匠に連れられて王城――千葉にある某国の城よりでかかった……本物なんだから当たり前か――で王様や筆頭魔術師の人達と挨拶を交わした。王様は明るい水色の髪と髭で、黄緑の目をした初老の男性だった。――お姫様の水色ピンク幼女の髪は、どうやら父親譲りらしい。彼は病弱らしく、顔を合わせた時もあんまりいい顔色ではなかった。ただ、表情は柔和で穏やかな印象だった。――王様ってストレスたまりそうだし、なんか黒い陰謀とか渦巻いてそうなイメージだから、あんまりこの人には向いてないんだろうな、とか他人事みたいに思ったけど、僕と違って就職活動どころか転職も出来ない立場なのだから、色々大変そうだと気の毒になった。――いや、僕がそんな事を思うのは烏滸がましいか。
筆頭魔術師の人達は総勢5名。赤、青、白、黒、緑のローブをそれぞれ着込んだ中年~初老の男性ばかりで、なんかものすごくギラギラと輝く目でこっちを見て来るので、かなりドン引きした。師匠が言うには、召喚の術の成果を目の当たりにしてハイになってるんじゃないか、という事だった。
その後、家臣らしき人達に、“師匠の遠縁の”門術師見習いとして紹介してもらった。師匠の意向で“異世界から来た”という部分は現在に至っても伏せられている。どうやら“異世界から力のある者を呼び出す儀式を行った”という事は家臣の人達どころか城下町の人達にも知られているらしく、僕が違う世界から来たと知られたら、我先にと群がってきかねない、という事らしい。――今でもこの辺りはぴんと来ない。
その後はずっと、王様の厚意で城の敷地内にある塔で過ごしている。もちろん、僕一人ではなく、師匠も一緒だ。5層構造の塔は、第一層が倉庫、第二層が台所と食事場所、第三層が研究室、第四層が師匠の寝室、第五層が僕の寝室になる。――僕が師匠の寝室の上というのはさすがにちょっとどうかと思ったが、「階段上る時、足腰がきつい」という師匠の一言でこの割り振りで決定した。
そういえば、過ごしていく間に、師匠にこの国の事情も簡単に教えてもらった。詳しく説明されてもよく分からなかったけど、大雑把に言うと、今この国は今、“別の世界”のとある国から攻め込まれようとしているらしい。
確かに城下町の建物は壊れているものや、無人の廃墟も見られた。道はレンガや石畳で舗装されているんだけど、それもところどころ剥げたり割れたりしている。何より、町の人達の表情は疲弊しているように見えるし、店を出している人達の売り子さんは無理に明るく振舞っているような笑顔だった――気がする。
門術師の座学で教わった事だけど、門術師というのは世界ごとにたまにいるみたいで、今回、この国に攻撃を仕掛けてきている国にも1人いるそうだ。
――で、そいつが自分の所の国がこっちに攻め込むために、世界と世界をつなぐ“門”を開く。師匠が気付き次第、“門”を閉じる儀式を行う。――その堂々巡りなのだそうだ。
こっちから“門”を開けてあっちに不意打ちを掛けるのはどうなのか、と聞いてみたけど、師匠としては門術師の名に懸けて、不要な門術は使わない、世界と世界を繋げる事は出来る限り行うべきではない、という回答だった。――僕はそれでこっちに来たんだけど? と文句を言ったら「それは必要な事だったからだ」といつもの師匠の口八丁で丸め込まれてしまった。
さて、ここで生活を始めて2か月ほど経った。
その間に「あっちでの僕ってどうなってるんだろう」とふと思った時がある。
まぁ、両親も親族もいないんだけど、問題はアレだ――アパートの家賃。滞納ってなったら、大家さんかアパートの管理会社が僕の部屋を見に来るかもしれない。銀行引き落としにしてたけど、通帳の中身あったかなぁ……覚えてない。うーん。
一応、僕は“元の世界”とやらに還るつもりだ。だから、戻ったらアパートの家財道具が処分されてて失踪届とか出されてたら困る。――けど、どうにもならないのだから仕方ない。思わず息を吐く。
「セージロウ、足が止まっているぞ!」
「! っと、すみません」
塔の第三層――研究室で、今日も師匠に檄を飛ばされながら、僕は立派な“門術師”になるべく修行していた――と言っても、“師匠の動きを真似て動く”を繰り返しているだけだ。これを、無意識でも出来るように反復練習をしろと言われている。
門術師は自分の足先で地面に円陣と文様を描いて門術を使う。門術には様々なものを“繋げる”事により、攻撃も防御も、はたまた所謂“転移”も可能だった。――師匠の言っていた事は大げさではなく、本当の事だったのだ。
とはいえ、他の――今回でいえば“敵の”門術師に“何の文様を描いているのか”――つまり、発動させる為の門術が何かを悟らせない為に、出来るだけ足元を隠す様な長いローブを着て、描いている文様を見られない様にしなければならないそうだ。――ってか、その文様を僕が覚えて術が使えるのだとしたら、もしかして他の誰かに見られたら、そいつも使える様になっちゃったりするのだろうか。
「大分動きが滑らかになってきたな。下を見ないでも正しく円陣が結べている」
「はは……まぁここ1か月、ずっとこれですからねー」
「いや、それでも筋が良い。やはり素質保有者は違う」
「ああ、それ……素質保有者? って結局何なんですか?」
「門術師は円陣と文様を描けば誰でも術が使えるという訳ではない。素質がない者が覚えようとも、全く意味がないのだよ」
「え、そうなんだ……」
「そもそも、いくら筆頭魔術師達が頭を寄せ合って召喚したところで、普通は別世界からこちらに落ちてくる事などありえない。本人に“引き寄せられる何か”が無いとな」
「……それがつまり、僕が素質保有者だから、って事になるんですか?」
「そういう事だ」
鷹揚に師匠は頷いて見せる。だけど、僕としては何だかぴんと来ない。生まれてこの方ずっと、顔も平凡、勉強も運動も平凡、にも拘わらず、ここに来て突然「君には力がある!」的な事を言われてもなぁ
「む、そろそろ3時か……休憩にしよう」
時計を見た師匠がそう言って近くの椅子に腰かけた。そのタイミングで、塔の窓穴から小鳥の囀りの様な声が聞こえてきた。
「セージロさぁん!」
うっ……今日も来たのか。
僕の顔に熱が集まり引き攣ったのに気が付いたのか、師匠がニヤリと笑った。
「姫がお呼びだ。“セージロさん”?」
「ちょっ……やめてくださいよね、師匠!!」
恥ずかしいやら居たたまれないやらで、語気を強める。なのに、お構いなしに外から再び声が上がった。
「セージロさぁん? お留守ですかー?!」
「いる!! いるよ! ちょっと待ってて!」
半ばやけくそで窓の外に向かって声を上げると、僕は師匠に一礼して塔の階段を駆け下りた。
塔を出ると、綺麗な城の植栽に囲まれて、水色ピンク幼女……この国のお姫様がお供の女の人達を連れて、布を掛けた籠を持って立っていた。
「セージロさん!」
僕の姿を見てぱっと嬉しそうに満面の笑みを浮かべる姿は…………まぁ、可愛いよ? 可愛いけどさ……でも、見た目がね。幼女なんだよね。僕があらぬ気持ちを抱いてしまったら、完全に犯罪だよね? 「おまわりさんこっちです」になっちゃうよね? だから自制だよ、自制。――って何考えてんだろ、ははは。
「えーと、リトラエル……姫、こんな毎日、ここに来るのはどうなんですかね」
「むっ セージロさん! 何度も言いますが、リトラルエリシアと呼んでほしいです!」
「リ、リトレラル……リシレ」
ジロリ、とお姫様の後ろに立っていたお供の女の人がものすごい顔で睨んできた――ゴメンナサイ。純日本人でろくな英語教育も受けてないので、ちゃんと言うの無理です。
「……あー……えーと、ごめん、リティアでいい?」
「!」
ぽっ と、音が聞こえそうなくらい、一気に彼女の頬っぺたが赤くなる。
「は……い、いいです……リティア、で。……えへへ」
はにかんでお姫様……リティアは笑った。~~~~って、頼むからホントやめてくれ! キュンとするだろ! 危ないだろ!? おまわりさんに連行されかねんわ!
――僕の苦悩に全く気付かない様子で、リティアは持っていた籠を少し掲げて見せた。
「セージロさん、お茶にしましょう。今日は私がクッキーを焼いたんですよ」
「へぇ、お菓子作れるんだ……」
「当然です。……いえ、本当はあんまりよくないんですけど、たまにですね」
会話している間に、リティアのお供の人達が木陰に布を敷いたりお茶の用意をしてくれた。どうぞ、と促されるままに、敷布の上にお邪魔する。
「幼少時に母から教わったもので……たまに作ると、父が喜ぶのです」
綺麗な紙を数枚重ねて皿の代わりにした場所に、リティアは籠の中のクッキーを並べた。長い水色の睫毛を伏せて語る姿は、――確かに、小中学生の表情ではないかもしれない。
「そういえば、セージロさん。お勉強の調子はどうですか? バルトラグ様はお厳しいでしょう」
ふと目を上げて、リティアが僕の顔を見た。目が合いそうになって、慌てて僕は塔の方に視線を逸らした。
「あ、あー……まぁ、うーん、ぼちぼち、かなぁ」
「ぼちぼち……ってなんでしょう」
「順調……なのかな。ああでも、まだ師匠から言われるがままにやってるだけだから、もしかしたらまだ全然なのかもしれないけど」
「そうなんですか……ふふ、頑張ってくださいね。明日もまた差し入れ持ってきます」
「えっ」
「?」
思わず漏れた声に、リティアはきょとんとした顔で小首を傾げた。
「い、いや、ほんと、いいよ。昨日もその前も持ってきてもらったし……リティアも色々忙しいんだろ? 僕はちゃんと休みながら師匠に教わってるから、君もちゃんと休みなよ」
「私はセージロさんとたくさんお話ししたいです。……でも、お邪魔でしょうか」
言いながら、急にしおしおと俯くリティア。その背後で更に鬼の形相になるお供の女の人達。――って、怖ぇ?!
「い、いやいや、邪魔とかじゃないって! 全然! あー、クッキー美味しいなー!」
若干棒読みで白々しく声を張り上げると、それでもリティアは信じたのか、顔を上げて嬉しそうに目を輝かせた。
「良かったです! じゃあ、明日もお茶のご用意しますね! 約束ですよ? セージロさん!」
* * * * * * * * * * * * * * *
リティアを“リティア”と呼ぶようになってから、更に月日が流れて、僕はそれなりに門術師として術を使えるようになってきた。僕自身はまだまだと思うが、師匠などは「もう十分! これで私は引退出来る!」とかぬかし……もとい、言い、本当に隠居してしまった。
そしてその間、殆ど毎日に彼女は差し入れを持ってやってきてくれた。時には労いの言葉を、時には励ましの言葉を、そして時には彼女自身の弱音を聞きながら、――僕の心の中で、彼女の割合は大きく占め始めていた。
「まずいなー……あー、まずいなー……」
ある夜、ベッドに寝転がったまま、僕は窓穴から見える星空を眺めてぼやいた。
いや、……可愛いって思うのはさー……そう思って、当然だと思うんだ。
実際可愛いんだし。色合いがちょっとアレなだけで。――でも、それも僕の常識からってだけで、この世界だとみんなカラフルだから普通って事なんだよな。いつもリティアのお供についてる女の人達も、青やらピンクやら緑やらの髪の毛してるし……というか、なんかもう、水色ピンクでも良いっていうか、そこがまた良いっていうか。もう、こんな。“何とかは盲目”とはよく言ったものだ。
~~~~っていうかさ、仕方ないよね?! 僕モテなかったんだから! どうせ彼女いない歴=年齢なんだし!?
そこにきてアレですよ! 「セージロさん」ですよ!?
毎日毎日、忙しい中、甲斐甲斐しく手作りクッキー焼いて来てくれて、僕が美味いって言うとそりゃもう嬉しそうに笑う訳ですよ! しかも、自分も忙しくて大変そうなのに、いっつも僕の事を気遣ってくれる訳ですよ! 異世界で不便なことは無いか、とか、寂しくないか、とか! そうなると、絆されちゃうでしょ?! ね?! 分かりますでしょ?!
……って、誰に言ってるんだ僕は……
「あ~……」
ごろり、と寝返りを打って、そのまま天井を見上げる。そのまま油断していると水色のふわふわとした髪の女の子の笑顔が目の前にちらついて、慌てて考えを振り払おうと首を振る。
「ホントまずい……これはまずい」
幼女趣味じゃないんだけどなー……どっちかって言うと、もっと胸が大きい年上のお姉さんが……って、いや、それもどうなんだ。大丈夫か僕。
っていうか、もっと大事な理由があるだろ。
「……僕は日本に戻るつもりなんだから……」
戻ったからと言って、また就職活動再開と、バイト三昧の日々な訳だけど。
僕がこの世界に来たのは、そもそもこの国が危ない時に、師匠が年で強力な門術が使えなくなりそうってんで、自衛のために外から門術を使えそうな人材を召喚したからであって……
でも、師匠としては、根本的に“世界と世界を繋げる”門術は余程の事が無い限りは積極的に使用するべきではない、って考えだし。――別世界同士が繋がると、その“穴”から、お互いの世界に存在しないはずの“もの”が流れ込んでしまう危険性があるのだそうだ。それは、生き物だったり、或いは病だったり。対抗手段や免疫をもたない“もの”だった場合、大げさではなく国が滅びかねないのだそうだ。
天井を見上げたまま、僕は目を閉じた。瞼の裏側にはどうしても、いつもニコニコと笑っている水色ピンクの彼女の姿が浮かぶ。
――リティアは可愛いし、城の皆に愛されキャラっぽいし、素直で純粋で気遣いもしてくれる。
……けど、だからこそ、つまりアレだ。僕に特別な……アレを持ってるとは限らない。
ちょっと冷静になろう。リティアはもともとが人懐っこいみたいだし、一応僕を呼び出した国のお姫様だから、異世界から呼び寄せた僕を気にしてくれてる可能性がある。門術師だからこそ、尊敬と言うかなんというか、そういう感じがしなくもない。
「師匠にも懐いているしな」
呟くと、口の中に苦さが広がった。
浮かれそうになるけど、冷えた頭で考えると――何度も言うけど、僕は……万年モテない太郎なんだよな。
いや、だからこそか。
だから、ちょっと女の子に優しくされたり懐かれると……
「その気になっちゃうんだよバカリティア……」
はぁー……と、深い深いため息を吐きながら、僕は完全な八つ当たり発言を漏らした。
――――と、その時だった。
どんっと塔全体が大きく揺れた!
「なんっ ……じ、地震?!」
地震大国・日本に住むと、地面が揺れる=地震だ。反射的に飛び起きて、僕は椅子の上に引っ掛けていたローブを鷲掴みして素早く羽織る。門術師の仕事着だ。
「セージロウ! 起きているか?!」
階下から切迫した師匠の声が聞こえた。
「起きてます! 何ですかこの揺れ……!」
「総攻撃に出てきた!」
「……は?」
「城上空に北の山脈からでかい岩を転移させて、落としてきているんだ!」
「はぁあ?!」
「応戦するぞ!」
「ちょっ……岩を転移?!」
「門術で空間を繋げておるのだろう」
「無茶苦茶だ!」
思わず僕は思いっきり吐き捨てた。
「私は城下町へ向かう! 枯れかけた力だが、兵と協力して市民を守らねば」
「僕も行きますよ!」
「いや、セージロウは王と姫を」
「……!」
「門術の恐ろしいところは、術者本人が動かなくても空間と空間、人と人、物と物を繋げることが可能だという事だ。私は何度も敵方の門術師とやり合っているが、あやつは特に計算高い。恐らく城下町を攻撃しつつ、王城にも攻撃を仕掛けてくるはずだ」
「こ、攻撃って……っ」
頭から冷水を浴びた気がした。
「この国近郊の魔物を城下町、城内、手あたり次第に転移させてくるやもしれん!」
「っそれ以上、不吉な予言はいらないですよ!!」
僕は足元で“転移”の門術を描く。途端にくんっと一方向に引っ張られるように力を感じて――ハッとすると既に城の謁見の間に立っていた。
謁見の間は、少し見ない間に床はところどころ剥げ落ち、垂れ幕は破れ、豪奢な椅子や飾り机、花瓶は無残に破壊されていた。
そして、水色の髪の親子と、今正に彼らの方へ襲い掛らんとする見たこともない異形の化け物の数々、守ろうと必死に抵抗しようとしている筆頭魔術師達や臣下の騎士、姫君付きの女官達の姿があった。
――それを認めた瞬間、僕は反射的に、無意識に、ローブの裾で隠れた足元で高速で門術を描いた。
バケモンは引っ込んでろ!!!!!
心の中でなのか、口に出してなのか、分からないけど叫んで、僕は門術を放つ。
『ギュオオォオオオオオオ!!!!』
――――眩しい光が化け物とリティア達の間を切り裂く。そのまま光は化け物を侵食し、跡形もなく消し去った。門術によって、無理矢理門に“食わせた”のだ。
「セ、セージロさ……」
呆然としたリティアが震える声で僕の名を呼ぶ。
「遅くなってごめん。……みんな、怪我は?」
「兵士が数人……ですが、セージロウ様のお陰で命を落とす事はせずに済みそうです」
ボロボロどころかよぼよぼになってしまっている兵士の一人が、槍を杖代わりにして答えた。
「……ここは僕が引き受けるから、怪我人を連れて奥の部屋に……いや、僕の後ろに」
「でも、セージロさんっ」
「リティア、君も僕の後ろにいて。――あっちにも門術師がいるとなると、僕や師匠の目の届かない場所は危険だから」
辺りを警戒しつつ早口で説明する。リティアは大きく頷くと、王の手を引いて僕の背中側に回った。
僕の背中の後ろに、リティアがいる。――――何だかもう、それだけで僕は、ものすごい力が出せそうな気がした。
* * * * * * * * * * * * * * *
結論から言うと、僕は強かった。
城の筆頭魔術師達が持てる魔力を全て使って召喚した、というのは強ち間違いではなかった。
むしろ、ゲームで言ったらチートだった。
城に転移されてくる化け物を、まるで卓球で球を打ち返す様に簡単に、あれよあれよと追い返し――打ち止めになったのを確認したら、王様やリティア達に“攻撃があった場合はその対象を“術者へ”反射する”というえげつない門術を防御の術として掛け、すぐに城下町へ転移、そのまま師匠と兵士達の応援に入り、落下してくる巨大な岩や化け物をこれまた術者へ打ち返し、まぁもう、言っちゃあ何だが反則的な強さで相手を追い返すことに成功した。
「……我が弟子ながら恐ろしい」
呆然と師匠が呟いてから、くくく、と肩を震わせて笑いだした。
「いやはや、天晴だぞセージロウ!」
「セージロウ様!!」
「我らが勇者殿!!」
豪快に笑う師匠の声につられた様に、兵士達が口々にとんでもない事を大声で言っている。
「い、いやいや、ゆ、勇者って……僕がすごいんじゃなくて、門術が……」
「勇者!」
「勇者だ!!」
「セージロウ様バンザイ! バルトラグ様バンザイ!!」
う、うわわ……熱気が半端無い……
引き攣った顔で僕が後ずさると、師匠が笑いを収めて、労う様に僕の肩を軽く2回叩いた。
「王と姫が心配している。さ、城に戻ろう」
* * * * * * * * * * * * * * *
城に戻ると、城門の前でリティアが走り寄ってきた。――僕を待っていてくれたんだろうか?
「セージロさん!!」
透き通ったピンク色の大きな瞳に、涙がいっぱいたまっている。少しの振動で、きっと零れ落ちるのだろう。
「もう大丈夫……と言いたいところだけど、師匠」
リティアに頷いて見せてから、僕は師匠を振り返った。
「今回攻めてきた奴等の門を、僕が力込められるだけ込めて閉めたら……しばらくは開きませんかね?」
「しばらくどころか、半永久的に開かないんじゃないかな。あちらの門術師より、セージロウの方が何枚も上手だからね」
「なら、僕、閉めてきます」
僕の言葉に、リティアの後ろに控えていたお供の女の人達や城にいた兵士の人々、遅れてやってきた王様も、安堵した様に様々な声を漏らした。
師匠も大きく頷く。
「そうだな、それが一番安全だろう。……何もできないが、師匠として私も行こう」
「え」
「構わんだろう?」
念を押されるように言われると、逆らえない。――何だかんだで、この人とは半年近く師弟関係だった訳だし。
王様やその場にいる人々に挨拶をして、僕と師匠は集中して門術を使う為、城から離れた――“いつかの草原”へ転移した。
その時僕は、リティアがどんな顔をしていたか、確認するのを怠ってしまった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「セージロウ」
「はい?」
この世界へ来た時に、初めて地に足を付けた場所――柔らかい青草が一面に広がる草原で、僕は師匠に呼ばれて振り返った。彼は珍しく神妙な顔をしていた。
「君、門を閉めたら……元の世界に還るつもりだな」
疑問形ではない――という事から、師匠にはバレているのが分かった。誤魔化すつもりもなかったので、僕は大きく頷いた。
「はい。――まぁ、最初からそのつもりでしたしね」
「残るという選択肢はないのか」
「師匠」
思わず僕はジト目で師匠を見る。
「世界と世界を繋ぐ事は、均衡を崩す事につながるでしょ。師匠もそう言ってたじゃないですか」
「うむ」
「僕は、この世界の人間じゃないです。――僕がいる事で、いずれこの世界の均衡が崩れるかもしれない。“門術師ならば”そういう危険は避けるべきでしょ」
「――いっぱしの口を叩きおって……うぐっ」
「そこでホロっとしないでくださいよ師匠」
思わず苦笑して僕は鼻の頭を掻いた。
「しかしセージロウ。君は門術師として立派に私の跡を継いでいる。私は既に引退し、この世界に唯一人の門術師なのだから、均衡が崩れることは無いかもしれんぞ」
「だとしても、僕はこの世界の住人じゃないです」
それだけは間違いない。
何だかんだで平凡すぎる僕が、予想外の力を使ったわけだけど……これももしかしたら“違う世界から来たから”なのかもしれない。そう考えてしまう程、僕の力は異様だった。多少の力であれば少しは「おぉっ 僕って結構すごい?!」とか酔えたのかもしれないけど、さすがにアレは……酔えないない。異常だ。
「この門を閉じたら、僕の門術師としての力も、師匠にお返しします」
「返却は不可だ」
「ならば、僕の中に門を作って、その中に門術師としての力を封じ込めますよ」
「……セージロウ、君は本当に、とんでもない事を思いつくね」
「誉め言葉と思っておきます」
言いながら、僕はこの国に攻め込んできた世界の門術師が開けた門を、これでもかというくらい力を込めまくってぎっちりと閉めた。我ながらいい出来だ。これ、開けられるのは多分、元気いっぱいで乗り気の僕自身じゃないと駄目だと思う。
「……ふぅ、分かった。最初から、そういう話だったしな――しかし、惜しいな。せっかく素晴らしい跡継ぎが出来たというのに」
「まぁ、引退撤回して頑張って」
「いやー、私もう年だから、また一から教えるのとかもう無理」
「ははは」
「――時に、セージロウ」
「はい?」
「君は……“そのまま”元の世界に還るつもり――かい?」
「!」
師匠が遠回しに言わんとする事に気付いて、僕は思わず目を丸くした。――この人、ホントにすごいなぁ。
「えーと……いえ」
僕が“この世界の事”を覚えたまま、元の世界に戻る事――本来交わらない世界同士の均衡と保つ為には、それは許されない事だ。世界と世界の継ぎ目――“門”を守る、門術師として、看過出来ない。
――何より、
「――さっき、門術師としての力を、僕の中に門を作って閉じ込める、と言ったんですけど」
独り言の様に呟く。――師匠は黙ったまま僕を見ている。
「ここの事を――記憶があるままで、元の世界に戻ったら……僕は、多分、いつか“私情”で門を破ってしまいそうだから」
――きっと、会いたくなるから。
そう口には出さなかったけど、師匠は察してくれたようだ。甘酸っぱい顔をして視線を逸らして咳ばらいをしている。……いや、我ながらいい年して何言ってるんだ、って思うけどさ。でも。
「……門術師の力と一緒に、こっちでの事も全部、まるっとまとめて門の中に詰め込んで、一生カギを掛けておくつもりです」
明るく言ったつもりだけど、白々しかったかもしれない。それでも師匠は眉をハの字にして僕をじっと見てから、黙って肩をぽんぽん、と叩いてくれた。
「さてっと」
吹っ切る様に、僕は一つ大きく伸びをしてから、軽く足元に文様を描いた。すると、門術師のローブから、僕がこの世界に来た時に身に着けていた服に早変わりした。うーん、便利すぎるな、これ。
「じゃあ、転移術と同時に、門を……」
言いかけたその時、
「セージロさん!!!」
「えっ」
予想外の声に、僕はぎょっとして慌てて辺りを見回した。
城の方角から、小さな人影がこちらに向かって走ってくるのが見えた。ふわふわと揺れる水色の髪の毛――リティアだ。それが分かった途端に、僕は不覚にも目頭が熱くなるのを感じた。
――っ何で来るかな……っ バカリティア……!!
ああでも悔しいけど、すっげー嬉しい……そんな事を思ってしまった僕の方が、よっぽど馬鹿だ。
師匠が明らかに気を利かせてくれて、「じゃあな」と言い残すとアッサリと姿を消した。――彼はまだまだ十分、現役の門術師でやっていけると思うぞ。
「セージロさんっ セージロさん!!」
足元が縺れそうになりながらも、リティアは僕の目の前まで全力で駆けてきた。
「っはぁ、はぁ、はぁ……」
「リティア……君、お姫様なんだから、そんな全力疾走……」
「セージロさん……っ」
「な、なに?」
キッと目に強い光を称えてリティアが僕を見上げる。
「セージロさん、……元の世界に、帰るつもりですね?」
「!!」
取り繕う事が出来ず、僕は絶句して固まった。
「……やっぱり」
リティアは小さな身体を更に小さくして俯いた。
「いや……元々僕、この国が攻め込まれていたから召喚されたってだけで……終わった後、ここに残る事は出来ないんだよ」
「……です」
「え?」
俯いたまま、小さく言ったリティアの言葉が聞き取れずに、僕は思わず身を屈めて聞き返した。
「好きなんです!!」
「……えっ」
えっ
……えっ
…………えっ
えええええええええええええええええええええっ?!
マジか?!!?
「好きなんです……セージロさん」
「…………っ」
お姫様なのに、髪の毛は走って乱れているし、前髪は汗でおでこに張り付てるし、可愛い顔は涙でくしゃくしゃだ。でも、最高に可愛い。世界一可愛い。
ああ、「僕もだ」って言いたい。――でも、言える訳がない。抱き締めたくて彷徨わせていた両手に、無理矢理力を込めて僕はリティアの前に跪き、向かい合ってその小さな両手を握りしめた。
――元の世界に戻らなくてはならない。でも、離れるのが名残惜しい。
小さな、でも立派な、僕のお姫様。
しばらくしゃくりあげていたリティアだったけど、少し落ち着いてきたみたいだ。俯いたまま静かになった。僕は出来るだけ優しく言葉を口にした。
「そろそろ、かな」
「……」
僕の言葉に、彼女は俯いたまま応えない。そのまま僕らは、手を取り合ったまま、お互いの手の温もりを確かめるようにしばらくじっとしていた。
でも、流石にあまり時間がかかると、お城からリティアを捜しに誰かが来そうだ。
「ごめん、もう行くよ」
「……」
彼女は首を縦にも横にも振らない。振ることが出来ないのだろう。――行って欲しくないと思ってくれているだろうけど、引き止める事ができない事も知っているのだろうから。
「リティア」
どう言ったらいいか、どう伝えたらいいか、僕は迷いながらも名を呼んだ。その声に、リティアが顔を上げる。ピンク色の瞳に映った僕自身を見て、僕は自然と心の内を言葉にした。
「遠く離れていても、いつ、どこにいても、君の事をずっと思ってる」
――ちょっと気障だったかもしれない。でも、例えこの記憶を封じたとしても、何故かそれだけは自信があった。
じっと見上げるリティアの視線に、気恥ずかしさと後ろめたさを感じて視線を泳がせる。そんな僕を、彼女は潤んだピンク色の瞳で真摯に見つめた。
「…………本当?」
小さな声で彼女が問う。
「うん、約束だ」
僕は声に力を込めて、そっと彼女の手を握りしめた。
リティアには最後まで伝えられなかったけど、元の世界に戻る為に、ここで過ごした僕の記憶は“僕の手で”消去される。
きっと思い出す事はもう出来ないだろう。
それでも、
君のいた心の穴を埋めるものなど、きっと君以外いないのだから
君と君の世界の存在を忘れたとしても
君という形は僕の心に空洞として残るだろう。
ゆっくりと僕の最後の門術が発動し、そして世界は色を変えた。
* * * * * * * * * * * * * * *
「っうお!?」
いつも通りに図書館へ行こうと、アパートの玄関開けたらあるはずの床が無かった。
なんと、渡り廊下の床が一部分、腐って抜け落ちていたのだ。――よりによって、僕の部屋の真ん前が。
「~~~~っあっぶねーー!?」
冷や汗をかきながらも、落下を免れる。こりゃ、大家さん……いや、管理会社か? どっちでもいいから、連絡がつく方に早いところ連絡した方が良いだろう。怪我人が出る前に。
スマホを手にとり、電話を掛けようとロック画面を出そうとして――僕はふと眉を顰めた。
「……あれ? 充電切れてる」
今朝、目覚ましアラーム止めた時はフル充電だったのにな。……結構長く使ってるから、バッテリ寿命なのかな。
遠くで自転車のベルの音や、子どもの声が聞こえる。
ふと僕はアパートの渡り廊下から、外の景色を眺めた。
――おかしいな、懐かしく思うなんて。
小さな違和感を見ない振りをして、僕はいつもの図書館へ向かって歩き始めるのだった。
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