第2章

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 左腕には、明らかにパピーだとわかる大きさのパピヨンを抱いていた。ディスクがよく飛ぶような風向きで投げていたから、私の風上にあの人は立っていたのだと思う。少しきつめだけれど華やかで、間違いなく高級品であろう香水の匂いに、私は一瞬にして包まれた。 まだ風が冷たかったせいか、あの人はマフラーを巻いていた。 見たことも無い配色で編まれたストライプのマフラーと、ほどよくエイジングした黒い革ジャンのコントラストの美しさは、今もはっきりと目に焼き付いている。おそらくヴィンテージであろうデニムが、エンジニアブーツに無造作に押し込まれていた。 背は低く、顔の造りも普通か、人によっては低評価かもしれないけれど、あれが所謂(いわゆる)オーラというものだったのだろうか。年齢は、三十代にはなっていそうに見えた。 私はすっかり緊張してしまって、「あ、ありがとうございます」と、返すのが精一杯だった。 あの人の視線はもう私にはなくて、足元でフリスビーを投げろと催促する三太に移っていた。 「賢そうですね。いくつですか?」と、胸のパピーを右腕に抱きかえて、三太に左手を差し出した。 「今年で三歳です。その子は、お何歳(いくつ)ですか?」 三太はあの人の左手よりも、パピーが気になって仕方ない様子で立ち上がっていた。 「今、七か月で、女の子です。この子は? 男の子?」 遊びたくて仕方ない三太が頑張って背伸びをするから、胸の女の子は怯えた表情をしていた。 「男の子です。もう、やんちゃで。ほら、三太、怖がってるでしょう。やめなさい」 「サンタくん? よろしくね。ウチの子はあずき」 あずきちゃんの両方の目の上には、茶色い眉模様があった。 「よし、サンタくんにご挨拶してみようか」  あずきちゃんが優しく地面に降ろされた。その顔が泣きそうに見えたけれど、尻尾は小さく左右に揺れていた。三太は千切れんばかりに尾を振り回しながら、お尻の匂いを嗅ぎにまわった。 「三太、優しくだよ!」 いつの間にか、私もあの人も屈(かが)んでいた。 互いのお尻の匂いを嗅ごうとして、クルクル回るパピヨン二匹の姿が愛らしくて、笑顔にならずにはいられなかった。あの人も目尻を下げ、真っ直ぐに並ぶ歯を上下とも見せていた。
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