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そのうちに、三太が「走ろう」と、あずきちゃんを誘い始めた。
「サンタくんはリードを放していても、大丈夫なんですね」
「はい、呼べば戻ってきます。父が、毎朝もの凄く早い時間に散歩に出てて、いっつもリードをしてないみたいなんです……本当はダメですよね」
「どうやってしつけるんですか? 僕、犬飼うの初めてだからわかんないことだらけで。さっきも上からフリスビーやってるの見てて、おお、スゲーって思ってたんですよ」
「どっちも、父がいつの間にかしつけてました」
二匹は、屈む二人の周りを、交互に追ったり、追われたりしながら走っていた。
「凄いなあ、あずきもフリスビーキャッチしてくれるかなあ」
「父に、どうやって仕込んだか聞いてみますね」
「是非聞いてみて、わかったら教えてね。いつも、散歩はこのくらいの時間なの?」
「はい、お昼時が一番人が少ないんですよ。やっぱり、他の人がいる時にリードは放せないから」
「ほんとだね。全然、いない」
あの人が遠くまで見渡そうとして立ち上がると、あずきちゃんが慌てた様子で駆け戻ってきた。
「おー、あずき戻ってきた、いい子だいい子だ」
嬉しそうに抱き上げる姿から、あずきちゃんが本当に可愛くて仕方ないことが伝わってきた。遊び相手を奪われて不満なのか、ヴィンテージに向かって三太が何度も飛びかかっていた。
「こらこら、やめなさい、汚れるでしょ!」
「いいよ、こんなオンボロジーンズ。それよりも、遊んでくれてありがとうね、サンタ。また、遊んでね」
三太が、差し出された左手を、今度はペロリと舐めた。
「じゃあ、また」と、戻って行く方向から、なんとなく、あの建物と関係のある人のように思えた。
最後にまた、鮮やかな香りが私の鼻をかすめていった。
その頃は、まだ、あの建物の正体がなんであるかを知っている住民はいなかった。
本当は追いかけて確かめてみたかったけれど、そうしたら二度と会えないような気がし
して、諦めた。
遠くから、サイクリングロードを走ってくる自転車が見えたので、慌てて三太を呼び戻した。
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