第3章

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 あの人は何日か続けて川原に来ることもあったし、続けて来ないこともあった。 先に遊んでいることもあったし、帰ろうとした時に現れることもあった。 「会社に用事がある時はできるだけ、昼めがけて来るようにしてるんだ」と、言ってくれた時には、耳まで赤くなるのが自分でもわかった。 私は何となく「あずきちゃんパパ」と呼ぶようになったけれど、あの人はすぐに私を「華(はな)緒(お)ちゃん」と、呼んでくれるようになった。 下駄屋を見てみたいと言われた日に、私から名前を伝えていた。私も店にいるのか尋(き)こうとして、どう呼べばよいかを迷っているように見えたからだ。 あずきちゃんパパは「下駄屋さんで華緒ちゃんか! いい名前だねえ!」と、とびきりの笑顔を見せてくれた。 小学生まではこの名前が嫌だった。特に男子によくからかわれたので、どうしても好きになれなかった。 あんなにあからさまに、男性から褒められたのは初めてだったろうと思う。  小学四年生の時に一度だけ「いい名前じゃないか」と言ってくれた男子はいた。みんなに「へんな名前」と言われていた最中だったから、庇うために言ってくれただけかも知れない。けれど、そんな時だったからこそひどく嬉しかった。なのに、その後に自分がとった行動のせいで、その思い出そのものがとても苦いものになっていた。
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