第1章

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「お父さんの四十九日が四月の末だからさ、引き渡しも、それ終わってからにしようと思って」 母は最後にまたりんを鳴らすと、右手を振って手風を起こした。 蝋燭の火がふわりと揺れて、煙にかわる。 私は焦げた芯と溶けた蝋の混ざりあう匂いが鼻に届くのを、期待して待った。子供の頃にした夏の花火にまで想像を膨らませて、火薬と火種の蝋燭の匂いを嗅ぎ分けられたあのころの嗅覚を取り戻そうと、いっぱいに鼻腔を広げる。けれど、うっすらと届いたのは、何かが燃えた後の煙たい感じだけだった。そして、それはもしかしたら、あげられている線香のものかも知れなかった。 二十二歳のあの日から、私の嗅覚はひどく鈍いままだ。 始めは、一晩中泣いて鼻をかみ続けたせいだろうと思っていた。けれど、一日経っても、一週間経っても、私の嗅覚は鈍いままだった。それはまるで、薄く引き延ばされた真綿が、鼻の内側いっぱいに貼りついたような感じだった。 「そっか、仕方ないね。四十九日にまた、親戚が集まるんだもんね」 「華(はな)緒(お)だけでも、先に引っ越すかい? その方が会社近いし、楽でしょ」 母はダイニングチェアに腰をおろし、冷めた珈琲カップに手を伸ばした。
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