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気付くと三太に導かれるままに、普段は避けている通りに入っていた。
川に突き当たる、この坂道を登り切った角には、あの建物がある。
その建物の建築が始まったのは、私が大学二年の時だった。コンクリート張りの重厚な三階建ての建物は、建築中何が出来るのか近隣住民には全くわからなかった。完成し、囲いが取れてからも、看板が掲げられるでも、擦りガラスの奥が覗けるでもなくて、中で何が行われているかがさっぱりわからなかった。
どうやら、二階と三階は間取りの広そうな何戸かの住居になっているようだったが、入居者を募集している様子もひとつもなかった。 ただ、完成からほどなくして、その建物が尋常ならざるものであることは近隣住民にもわかりはじめた。 駐車場に停まる車に、国産車が一台もなかったのだ。
フェラーリやベンツ、ジャガーにBMWと世界中の高級車十数台が一同に会しているさまは圧巻だった。けれど、殆どの住人は車に乗り降りする人物を目撃することができないでいた。今考えると、余程の注意を払っていたのだろう。
いよいよその前に差し掛かると、駐車場に停まっているのは古びた軽自動車が一台きりだった。その建物が目的の通りに使われていたのは、ほんの四、五年の間だった。二、三階の居住スペースすら、カーテンがかかり、使われていそうなのは一部屋だけのようだ。
日の出前、まだ輪郭が曖昧な景色の中にひっそりと佇む灰一色の建物。
まるで、廃墟のようだ。
マーキングをしようとする三太を無理やり 電柱から引き離し、足早に廃墟前を通り過ぎた。
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