第1章

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 大通りの信号を渡ると川沿いの歩道になり、一気に視界が開ける。  昨日降った雨のせいで大分減ってはいるが、河川敷はまだ全体が雪に覆われていた。 一瞬、あの人の香りが鼻先を通り過ぎた気がした。 「川原には下りられないよ」 駆けだしそうな三太に声をかけ、上流方向へ向かって堤防の上をゆっくりと歩いた。 東の空が、白色からオレンジに変わろうとしている。 間もなく太陽の上辺が、連なるマンションの先端から見えてくるだろう。 昔は日が昇り、照らされた地面から立ちあがってくる匂いも大好きだった。 でもきっと今朝も、その匂いの変化はわからないのだろう。  だけど今でもひとつだけ、はっきりと嗅ぎ分けられる匂いがある。  その香りを初めて嗅いだのが、二十二歳の春だった。
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