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~里美の家
里美はソファーに横になっていた。お風呂を終えてきれいに整えた髪は乱れるも、手櫛ですぐに整う程度。
スマホを扱いながら、時に起きてミルクと砂糖たっぷりの冷たいコーヒーをストローで口にする。
キッチンに立っていた里美の母親は、食事の準備を終え、里美に声をかけた。
「ーー里美、夕飯は?」
「あー…、大丈夫かな。後でお腹すいたら食べるから」
母親の顔を見ることなく、スマホの画面を見ながら返事をする。
「何でもいいからちょっとは食べなさいね。悩む体力もなくなっちゃうわよ」
「……うーん」
気のない返事をした里美は、コーヒーを飲み終えると2階の自分の部屋に行った。
リビングで過ごしていたようにベッドでスマホを眺める。眠りに就こうと目を閉じるが、しばらく時が経つとまたスマホを眺め、それを繰り返していた。
すると、強い光が里美の目に入ってきた。
里美は目を細めてその光の元を探す。視線をずらせば視界は晴れる。
光の元を手で隠しながらそこに近づく。クローゼットのある部分が強く光っている様子。横から眺めれば、中から来ているようだった。クローゼットの扉は光を通すような素材ではない。
「誰っ?何っ?」
そう言いながら扉を叩き、勢いよく開けた。誰かいるのかもしれない、何かあるのかもしれないと警戒し、同時に後ろに勢いよくさがる。
扉を開けるとさっきの光は見えない。
「ん…、消えた?」
視線の先にも特に変わった様子はない。
だが、明らかに変わった光景を目にすることになる…。
後ろに勢いよくさがった時に、そこにあるはず無いものに当たったのを感じた。
後ろを振り返る。
消えた光の先には髪の長い女の姿。その姿には記憶があるが、その時ははっきりとは思い出せなかった。
無意識的に出るはずの声は里美からは発せられない。
動かない体。
女は里美の腕や足を強く握りしめ、ねじりちぎるように手足をもぎ取る。それも少しずつのため、その度ごとに経験したことのない激痛が走る。
「……っ」
ある角度からその顔を見たとき、記憶は呼び起こされた。だが、言葉は出てこない。
先程の光の影響か、激痛のショックで意識を失うことすらできなかった。
五感は鋭く働いていた。呼吸が難しく、時々に長い息苦しさが里美を襲う。
閉じない瞼がその鮮烈な光景から目を離させてくれなかった…。
「ーーけっこう時間かかってるみたいだな」
里美が二階の部屋に行った後に、里美の両親はリビングで言葉を交わしていた。
「そうね…。でも、佐藤くん所の家の事情を考えると仕方ないかもね。佐藤くんも不本意だったみたいだし…」
父親は缶ビールをコップに注ぎながら言った。
「里美も佐藤くんと付き合って長かったからな…。まさかこの歳になって家の事情か…。
俺にもっと社会的な地位があればな…。自分の能力の無さを恨むよ」
「そんなことないわよ。たぶん、あなたに社会的な地位があったとしても結末は変わらなかったと思うわよ。
私も詳しくはわからないけど、こうなるようになってたのよ…」
~佐藤の家
佐藤の家の前にはパトカーなどの警察車両が数台停まっていた。当然ながら近所の野次馬もちらほら見える。
「ーー佐藤さん、どうもありがとうございました」
「いえ…、まさかこんなことが起こるなんて…わ、私も想像もできなかったので…」
佐藤の声は、動揺を隠して話しているのが明らかな程に所々に小さく途切れた。
「まあまあ、ご主人の話を聞く限り疑う点はないのでご安心ください。ただ、私どもも皆さんにこうして聞かなければならないので」
男は佐藤を気遣うような小さな笑みを見せて言った。
「里美さんにはかわいそうなことをしてしまった気がします…。わたしに照之をとられ、こんな悲惨な事件の被害者にもなるなんて…」
「奥さんも気になさらず。あとは…」
その男は連れの男に、
「…おい、あと何か聞くことあるか?」
と低く小さな声で尋ねると、その連れは小さなノートを確認した後、
「いえ…、特にはないですね」
と返した。
「それではまた何かありましたら電話等させてもらうかと思いますので、その時はご協力よろしくお願いします。
それと、もし何か情報がわかったときは何でもいいのでご連絡いただければと」
「わかりました。
私も里美とは恋仲だったし、当然別れたとは言え旧くからの友人でもありますので。犯人の目的がわからない以上は不安ですので…」
「まぁ、もし危険があれば遠慮なく110番を」
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