序章/その願いは叶えられた

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「俺はちゃんと一時には寝て五時に起きてる。だから湊も安心して休んでくれ」 「全然寝てないじゃん!」  驚いた湊のアホ毛が揺れる。まるで二次元から飛び出して来たかのような彼女の様子に精神的満身創痍の滝澤は癒される。 「とにかく、師範が回復するまでは俺が代わりを務めるから」  本来この道場は湊の叔父である大垣篤志、滝澤に剣道を教えた恩人が運営する一道場であるはずだった。が、しかし。近年周辺の開発が進んだことでこの土地の価値が急上昇し、悪質な地上げ屋によって篤志が暴行を受けたことで事態は悪い方向へと転換していった。 「ただでさえ自分の稽古でも大変なのに、うちの為にごめんね。早く私が回復して稽古の面倒見てあげれればいいんだけど」 「いや、人に教えるのは自分のためにもなる。実際部活行ってなくても腕は鈍ってないしな。多分」  申し訳なさそうにアホ毛を下げる湊に滝澤は自身の二の腕をポンポンと叩いて見せた。  滝澤は剣道の名門校に通う、ごく普通の国民体育大会強化指定選手で剣道部主将を務める一般高校生(自称)であった。だが、篤志が入院してからは部活に一切参加せず、この大垣道場の運営を肩代わりしているのだった。  稽古の内容から運営費の計算まで、素人なので殆どをG〇ogle先生に頼りながら全て一人で行っている。それが、自分を導いてくれた師範へのせめてもの恩返しだと本気で信じていた。  その結果、精神に支障を来たす一歩手前まで来ているのだから他人から見れば滑稽なものだろう。しかし、彼には剣道(それ)しかないのだ。
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