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嗚呼、何で僕はあの時君と出会ってしまったのだろう。
僕らが出会ったのは、家から車で20分ほどのこの町で一番大きなショッピングモールだった。趣味もなく、恋人もいない僕は暇を持て余し、どういうわけか、あの日曜日に一人、久々にショッピングモールに行ってみた。普段、家族連れやカップルで賑わう休日の「あの」ショッピングモールには死んでも行こうなどと思わないのに。気が付くと、モールに向かって、車を走らせていた。今思えば、神様が私に、そうさせたのかもしれない。運命の悪戯、ってやつだ。
君を一目見た途端、僕の心臓はあと少しで本当に止まってしまうところだった。危うく、AEDのお世話になるところだった。
長く、緩やかな弧を描く睫毛に囲まれた、まあるい、チョコレートブラウンのつぶらな瞳をキラキラさせ、肩、いや足まで届くほどの艶やかな黒髪を靡かせ、しなやかに、しかし堂々と歩く姿に、僕は骨抜きになった。なんて綺麗なんだ。僕には、彼女の美しさを形容する言葉が見つからなかった。いや、この世に、そのような言葉など存在するのだろうか。
しかし、どんなに、千切れそうになるほどに、手を伸ばそうと、君には届かない。君と僕とでは天と地ほどの差がある。僕は築30年のぼろアパートに一人暮らし。嗚呼、神様はなんと残酷なんだ。僕たち二人は出会うべきじゃなかった。だが、もう出会ってしまったのだ、時を巻いて戻すすべなどない。
家に帰っても、君のことを忘れることができなかった。シャワーを浴びているときも、テレビを見ながらご飯を食べているときも、布団に入っても、気が付けば君のことを考えていた。僕が、こんなに君の虜になるなんて、君は思いもよらなかっただろう?僕もだ。
「ねえ、みっちゃん。明日締め切りのレポート終わった?」
「えっ?レポート?何のこt…ぁあ!やばい、完全に忘れてた!」
「…もう、最近どうしたん?いつも以上にボーっとしてるよ。しっかりー。」
「…う、うん。教えてくれてありがとう。マジで神。」
いけない、いけない。しっかりしろ、自分。最近、いつも以上にだらしなくなっている自分が怖い。授業の内容も、先生の声も耳に入ってこない。宿題のことさえも。親友のKのお陰で助かった。Kと僕は、小学校以来の付き合いだ。高校で一度別々になったものの、奇跡的に大学で再会した。大学で、サークルにも入らず、バイトに明け暮れている僕と違い、Kは、運動部のマネージャーでしっかりと彼氏をゲットし、いつもキラキラしている。二人の差はいつ生まれてしまったのか。小中の成績はいつも僕の方がKよりも上だった。其れなのに、大學という名のゴールは二人とも一緒。Kの方が、よっぽど充実した人生を送っている。正直に言ってしまえば、僕はKのことを妬ましく、いや、羨ましく思っていた。でも、そんなこと、もうどうでもいい。僕の心には君がいる。君に会えさえできれば、もう、何もいらない。生ける屍だった僕に、君は魂を吹き込んでくれた。嗚呼、また君に会いたい。
しかし、僕がまた君に会える保証など、どこにもない。そう、どこにもないのだ。でも、会える可能性はゼロじゃない。そうだ、またあのショッピングモールに行ってみよう。あの場所へ。
そこに、君はいた。相変わらず、茶目っ気たっぷりな目で、周囲に幸せを振りまいている。君の顔を見ると、悩みなんて吹っ飛ぶ。学校や、バイトで嫌なことがあっても、君を見ると、忘れられる。
いつの間にか、日曜に君に会いに行くのが僕の日課となった。
「どうしたの?みっちゃん最近変わったね。」
「えっ。」
昼休み、大学の食堂でご飯を食べているとき、Kが言った。
「彼氏でもできた?」
「そ、そんなわけないじゃん!」
「…だよねー。そもそも、僕っていう癖、いい加減直さないと無理だよ。彼氏を作るのは。」
私は曖昧に返事をした。そのあとの会話の内容は思い出せない。まあ、覚えている価値もないほどどうでもよかったのだと思う。今の私にとって、君以外のもの全てが色あせて見える。
もう、これは、初恋なんじゃないかな。私は、人生で一度も誰かを好きになったことがない。好きになる、という感情が分からなかった。でも、今は分かった気がする。
「好きー!」
そう、思わず叫んだ。誰もいない大学の屋上で。夕日がさしていた。下にいた生徒がこっちを見た気がしたが、気のせいだろう。
日曜日、今日も私は君に会いに行く。
「可愛いですよね。黒いポメラニアンはうちではその子だけなんですよ。」
店員さんが、私の顔を覚えたらしい。
「はい、でも私、アパートなので飼えなくて…」
「それは残念ですね…。」
そういって店員さんはどこかへ行ってしまった。まあ、いいや。
「いつか、犬が飼えるおうちに住めるようになったら、連れて帰るから、それまで待っててね。」
ガラス越しに、私は君に囁いた。
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