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前編
俺は不良だ。
だから授業は普通にサボるし、煙草も吸う。
喧嘩は嫌いだけど、売られたらもちろん買う。
でも、そんな俺でもたまに学校に来たりする。
教師は嫌がって、クラスメートはもれなく怯える。
そんな中で唯一俺に話しかけてくるのが、なにが楽しいのか今も俺の隣でにこにこしているコイツ――大石謙介だ。
一年の時から同じクラスというだけで、その腐りきった縁を『運命の赤い糸』と呼びたがる、とにかく変なヤツ。
「天太くん、知ってる?さくらんぼの茎を口の中で結べる人はキスが上手いんだよ」
煙草をふかす俺の隣で、大石が、んべ、と舌を出してみせた。
赤い先っちょにちょこんと乗っていたのは、結ぼったさくらんぼの茎。
「おい、誰が俺のパフェ食っていいっつった?」
わざと顔の前で煙を吐き出してやったのに、大石は笑顔を絶やさない。
「もう一個あるよ、はいどうぞ!」
「どうぞじゃねえよ。俺がコンビニで買ってきたんだっつうの」
そもそも、ふたつあるのはコイツのためじゃない。
まあ、アイツならこんなくだらないことで怒ったりしないとは思うけど。
どうせなら見つかる前に証拠隠滅だ、と俺もパフェのフタを開けた。
「で、天太くん、俺の話聞いてた?」
大石が、俺の指の間から吸いかけの煙草を奪った。
慣れた仕草で深く吸い込み、白い息をふんだんに吐き出す。
曲がりなりにも陸上部のエース・スプリンターのお前がそんなことしていいのかよ、なんて科白は言い飽きた。
心配してくれてるんだー、だの、やっぱり愛されてるんだー、だの、頭の中身が沸騰しているとしか思えない言葉しか返ってこないから。
「聞いてたぜ。さくらんぼの茎結ぶってヤツだろ」
生クリームを口に含むと、なんとも言えない甘さが舌に絡みついた。
思わず顔をしかめる俺を見て、大石がニッと笑う。
この笑顔は嫌いじゃないけど、なにか危機感を感じるのも事実だ。
ほら、今みたいに。
「俺とのキス、試してみない?」
俺を組み敷きながら、大石が不敵に笑う。
元は俺のだった煙草の灰が、ひらりと舞い落ちるのが見えた。
それを避けるように一気に身体を翻し、こっそりため息を吐く。
「遠慮しとく」
「えー、なんで?」
体勢を崩した大石が、煙草をもみ消しながら不満を露にする。
上を食べつくしてコーンフレークだけになったパフェを、俺は迷わず大石に押し付けた。
水分を含んで中途半端にふやけたコーンフレークは、教師の長い説教よりも嫌いだ。
「大石がキスうまいことくらい承知済みだぜ。百戦錬磨のモテ男なんだろ」
「そんなあ、褒めないでよ天太くん!俺、照れちゃう〜!」
「いや、褒めてないし」
コーンフレークをもしゃもしゃ食べながら、大石は、つれないなあ、と笑った。
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