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ただシンプルに
胸ポケットのスマホが振動を始めた。
このスマホはプライベート用だがら、この番号を知っている人物は限られている。とらないわけには、いかないな。
スマホを手に取れば、受信画面に珍しい名前が表示されている。
陽菜?確かに凜と食事をしているはずだけど。
「スミマセン、ちょっと席を外します」
「香坂社長、どうかされましたか?」
「緊急連絡のようで、申し訳ない」
面白味もない会食を中座するのに躊躇は不要だ。うわべだけの言葉の交換に胸糞が悪くなっていたところだ。ただの腹の探り合い。
会食の会場を出ても、電話はずっと呼び出しを続けていた。
凜に何かあったのか?
「もしもし、律さん?忙しい所ごめんなさい。ちょっとだけ、いいですか?」
「あぁ。。。なんかあったのか?凜は無事?」
心配の方が先に立つ。凜の安否確認が俺のプライオリティ。
「ホント、凜が1番だなぁ、相変わらず。凜とはさっき別れたところです。タクシー乗って帰ったから、大丈夫じゃないかな?ちゃんとお家に直行してると思うし」
「それだけ?何か用事があったから連絡してきたんじゃないのか?」
凜の無事にホッとして、受話口に漏れないように軽く安堵の溜息を吐く。
「相変わらずの効率優先ですね?もう少し私との会話を楽しもうという気持ちは。。。ないですよね?」
「そのリクエストには応えられそうにないな」
今度は陽菜の方から大袈裟な溜息が聞こえてきた。
「塩対応だなぁ。あなたが将来の配偶者の上司かと思うと、今回の結婚話、やっぱり考え直したほうがいいかなって真剣に思う」
「悪かったな。増谷は俺と違って、いいヤツだろ?」
「それは、認めざるを得ないですね。じゃあ、用件をさっさと言っちゃいます。凜の親友としてのアドバイスを一つだけ。将来の配偶者になるかもしれない人の上司にリスペクトを込めて。耳をかっぽじって、よく聞きやがれです。凜には常に普通に優しい言葉とスキンシップを心掛けて」
「いきなり、なんだ?」
「凛、律さんにはすっごい感謝してる。ただ、星波のこともあるし、律さんには後ろめたさみたいなものもあるんだと思う」
「今更なんだ?」
「今更って。。。しょうがないなぁ、いいこと教えてあげましょうか?聞きたい?」
「もったいぶるな、切るぞ」
陽菜の意図がよく分からなくて、少しイラついた。
「相変わらず、凜以外には冷たいのね。。。。凜は多分、小さい頃からずっと律さんのこと好きだったんだと思うんだ。でも私が律さんのこと好きだって、先に言っちゃったから、言えなくなっちゃったんだと思うの。それに仁さんの気持ちに応えたいとか、律さんの仁さんと上手くやれっていう言いつけ守らなきゃとか。いろいろ上手く消化出来なくて。それで、自分の気持ちが宙ぶらりんになったところで、年下のアクの強い彼氏まで現れちゃって」
「何を言いたい?」
いつもと違う調子の陽菜に身構える。
「もっとシンプルに気持ちぶつけてあげてよ、いい加減、大人なんだからさ」
十分、大人だということは自覚しているつもりだが。。。。
シンプルに気持ちを伝える?今さら?凜に?陽菜は何を言いたい?
「つまりは。。。」
俺は言葉を投げかけた。
「ガラスの籠もいいけど、そういう表現じゃなくて、素直にそばにいて欲しいと言ってあげて。好きだから、愛しているからと毎日。常に優しくしてあげて。律さんから本当に愛されてる自信がもてなくて、だから、ぐらつくんだよ、凜は。。。だから星波も産んだのかもしれない。凜は正直なところ、自分だけを必要としてくれる存在が欲しかったんじゃないかな?」
「陽菜?」
「ゴメン、私何か余計なこと言っているっていうのは自覚しているし分かってる。でも凜には、ちゃんと言葉でも伝えてあげて。大切だって、好きだって、愛してるって。凜が必要だって。何度でも繰り返して。あんまり言われなれてないから、一方的に強い言葉を囁かれれば、そっちに気持ちがいっちゃうんだって、凜の場合。本当に好きかどうかわからなくても、ぐらついちゃう。ゴメン、酔っ払いの戯言も入ってるけど。聞き逃して」
陽菜からは凜への深い愛情が伝わってくる。
「陽菜、お前、凜のこと好きだろ?」
「凜は親友だし、歯がゆいぐらい不器用なこと、ずっと前から知ってるから。なんか私だけが能天気に幸せっていうのも、なんかバランスが悪いし」
凛と陽菜の付き合いも長い。きっと俺に見せない凜を陽菜は知っている。
「とりあえず。。。。ありがとう」
俺らしくない言葉が口をついた。
「えっ?。。。。。もしかして、この世が終わるの?香坂律から、今、お礼を言われたような気がする」
やっぱり柄にもないことを言うんじゃなかった。
「切るぞ」
「ウソウソ、でもいい加減、素直に幸せになって欲しい、二人には」
分かってる。そんなこと、ずっと分かってた。
「今日は凜に素直になれる魔法をかけておいたから」
「魔法?」
「今夜は早めに帰ることをお勧めします」
陽菜の意味深な一言に気持ちがざわつく。
会食の会場に戻ると、適当な言い訳を並べながら、切り上げて席を立った。
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