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「だってさ、うめちゃん好きだったでしょう、あの人のこと」
「そりゃそうよ。あんなにかっこよくて、パンもおいしくて。ギスギスした社会生活で江波さんが私の潤いだったんだもん」
眉間のしわをさらに深くして「ギスギスって……」と、富樫は口をへの字にした。
「俺がいたのにさ。それは、俺の魅力に気づかないうめちゃんが悪い」
小学生男子が好きな女子に意地悪する気持ちが分かるような気がした。
可愛い。
好きな人というのは、笑っていても怒っていても可愛い。
「今の私の潤いは富樫くんだよ。あのね、江波さんに会いたいんじゃなくて、おいしいパンを富樫くんと食べたいんだよ」
まだ不満そうに富樫は顔をしかめている。寂しさと不安が伝わってきて、富樫にだったらぐるぐるに束縛されてもいいと思えてしまうから、恋は恐ろしい。
「私は富樫くんが一番好きだよ」
「じゃあ、許します」
「なあに、許すって」
笑う梅乃を見る富樫の表情は、まだ不満げだ。そんなにウルフパンに行くのがいやなのだろうか。まぁ確かに、一番最初に富樫を連れて行ったことき、梅乃は火照ったような眼差しで江波を見ていた。そんな顔を見たらいやな気持ちは引きずるものなのかもしれない。
「明日、本当は行ってほしくないです」
ポツリと呟いた富樫を梅乃は驚いて見上げた。
階段は終わり、エスカレーターを降りた人ともに改札に向かう。人の多さに富樫の後ろに回らざるをえない。コート襟元からからチェックのマフラーが見える。梅乃のマフラーを巻いているの後ろ姿を見ながら呟きの意味を考えた。
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