松・竹・梅

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 賑やかな笑い声が居間に響いている。  祖母の鏑木花江は楽しそうに話しながらとなりに座る男に冊子を見せている。心底感心した様子で、花江のとなりであぐらをかいている富樫は、ページをめくっていた。  冊子ははがきホルダーで、花江が趣味で書いている絵手紙が収められていた。  二人の前に座る梅乃は、遅い昼ご飯を食べていた。やはり、花江の作るきつねうどんはおいしい。 「うわっ、これなんてめっちゃいいじゃないですか。花江さんすごいですよ」 「そうかい? いやぁ、若い子に褒められるのは嬉しいわね。あ、これ、よかったらこうちゃんにあげるわ」  花江さん。こうちゃん。  梅乃はうどんを詰まらせそうになり、麦茶のコップに手を伸ばすと飲み干した。 「ちょ、ちょっと。おばあちゃんに富樫くん! 何よそれ、花江さんに、こ、こうちゃんって」  空になった梅乃のコップに富樫が麦茶を注いだ。 「おばあちゃんって言うより、花江さんって呼んだほうがすてきじゃないですか」 「そうよ、梅乃。富樫くんなんて堅苦しく呼ぶより、こうちゃんて呼ぶほうが親しみがわくでしょう」  ね、と顔を見合わせて笑う二人を苦い顔で梅乃はみた。ちょうどそのとき、玄関のほうから「ただいま」と声が聞こえた。祖父の鏑木達吉が老人会の集まりから帰ってきたようだ。  ちょうどいい。江戸っ子気質の達吉に二人をたしなめてもらおうと、梅乃は顔を上げた。 「おじ……」 「ああ、康大くんまだいたか。悪いんだけどね、納戸の電球取り替えてもらえるかい」 「いいですよ、達吉さん」  富樫は立ち上がると、達吉のあとをついて居間を出て行った。  やられた。  ため息をつくと、梅乃はすごい勢いで残りのうどんを平らげ、汁を全部すすった。 「おばあちゃん、ごちそうさま。おいしかった」  時計は夕方四時半をもう少しで回るところだ。梅乃は食器を流しに下げると、富樫を追いかけた。
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