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44:自覚したらしたで
祭りはすでに終わっているようで、活気のあった城下も今や静かになりつつある。シェラルドはふう、と息を吐きながら自室に戻ろうとしていた。
今日はアルトダストの使者であるユナと会い、その後もクライヴたちと話し、終わったと思えば別の仕事で駆り出されていた。
ずっと式典用の制服だったのもあり、少しだけ窮屈だ。式典用の制服は普通の制服より装飾が多く見た目重視。機能性にあまり優れていない。着替える暇がなかったのでこのままにしていたのだが、ヨヅカを始め他の者からは珍しい目で見られた。白いから目立つのだ。魔法兵団の制服は落ち着いた色合いだというのに。少し羨ましい。
「シェラルド様!」
背中から元気な声が聞こえてくる。声、呼び方、何度も呼ばれているのですぐに気付く。白い花柄のワンピースを着たフィーベルが駆け寄ってきた。スカート部分は少しふんわりしており膝よりも長め。髪は下ろし、ゆるくウェーブがかかっていた。清楚な印象を受けるが、足元は茶色のショートブーツ。紐はリボンになっており、遊び心がある。大変可愛らしい。
フィーベルはすぐにシェラルドの服装に気付いた。
「今日は礼服だったんですか?」
「客人の接待があったからな」
嘘は言っていない。それ以上は言えないが。
するとフィーベルは頷き、目を細めた。
「久しぶりに見ましたが、やっぱりかっこいいです」
フィーベルの方がなんだか嬉しそうに見える。「ありがとう」とシェラルドは返した。少し気恥ずかしいが、そう言われて嬉しくないわけじゃない。
「祭りは楽しかったか?」
「はい! とっても楽しかったです」
弾けるような笑顔に、本当に楽しかったのだと分かる。自然に服装を褒めると、どうやらルカにもらったらしい。初めて会ったときに服をあげると話していたが、あの後本当に何着も送ってくれるのだという。直接手渡しでくれたこともあったようだ。一緒に出掛けるときにも着ていたのだと知り、姉の行動力に舌を巻きつつ、少し苦笑した。ルカのことだからフィーベルが断ってもどんどん服を送っていたことだろう。弟として詫びると、首を振られる。
「どの洋服も素敵で、とても気に入っています。着るのが私なのがもったいないくらいです」
「そんなことない。よく似合う」
「あ、ありがとうございます」
少し照れていた。
と、よく見れば大きい紙袋を持っていた。
「? 何持ってるんだ?」
持ったまま駆け寄ってくれていたならおそらくすぐ気付いたのだが、相手はあえて背中側に隠していたようだ。シェラルドが気付いたからか、フィーベルはにっと笑い「じゃーん!」と声を出す。
「お土産です! シェラルド様に渡したくて」
中身を見れば、複数のお土産が入っていた。
すずらん祭りで目玉商品となっているハニーシロップ。思ったより大きめで重い。この重い瓶を軽々と持っていたのか。さすが力がある。次は鈴蘭のルームフレグランス。鈴蘭だけでなく、他の植物の香りも調合されているようで、甘ったるくなく爽やかだ。部屋に置いたら気分転換できるだろう。
最後は鈴蘭の花を持つくまのぬいぐるみ。シェラルドの顔より大きく、しかも二つ入っていた。一つは首にピンクのリボン、もう一つはブルーのリボンをしている。どうやら女の子と男の子らしい。すずらん祭は今まで行ったことがあるものの、大体ヨヅカや同期と行くことが多く、こんなファンシーな物が売っていることは知らなかった。
「くまのぬいぐるみはお揃いで買う方が多いらしくて。シェラルド様のお部屋にもどうかなって」
言いながらフィーベルはピンクの子を腕に抱く。
その姿はとても似合うのだが、強面と言われることもある自分にくまの贈り物をされると思っていなかったため、シェラルドは少しだけ渋い顔になる。一方フィーベルはなぜかうきうきした様子でブルーの子を持たせてくる。仕方なく受け取れば、相手はぱっとより顔を輝かせた。
「可愛い……! とても似合います!」
「え……」
これは喜んでいいのだろうか。フィーベルの方がはしゃいでいる。困惑しながらも、喜んでいるのならいいかと考え直した。
「そういえばヴィラは?」
「エダン様のところです。お土産を渡したいって」
「そうか」
フィーベルを連れて行ってくれたお礼を言おうとしたのだが。散々エダンを避けているような様子だったが、どうやら少しは和解できそうな予感だ。ヴィラからならさぞエダンも嬉しいだろう。そう思いつつシェラルドはフィーベルを眺める。
夕日が暮れようとしている時間だ。その光がかすかにフィーベルを照らしているように見えた。フィーベルはハニーシロップの瓶を見ながら、フレンチトーストを食べた話をしてくれる。美味しくてもう一回買おうか迷ったと笑い、そこの夫妻から面白い話も聞いたらしい。楽し気に話し続ける彼女を見ながら、シェラルドは素直に綺麗だ、と思った。
今までも何度か同じことを思った。あの頃はあまり意識しないようにしていた。だがおそらく……日に日に彼女に対する思いは強くなっていた。クライヴからフィーベルをアルトダストに行かせると聞いたとき、あのとき強く、守りたい衝動に駆られた。クライヴの命令だからじゃない。自分の意志で。
自覚をしてしまえば早い。クライヴから指摘されたせいもあるが、何をしてもフィーベルのことを愛おしく感じる。……と、本人に言えるかは分からないが。
(……フィーベルは、何とも思ってないだろうしな)
相変わらずクライヴのために、そしてシェラルドのために花嫁をしてくれている。以前よりは親しい関係になっているとは思うが、フィーベルは基本誰に対しても優しい。誰であろうと救おうとする。そんな少女なのだ。そこが愛おしく思うところでもあるが、そのような気がない、とはっきり言われているよううにも感じるのだ。だからこれはきっと一時的なものだ、その気持ちとは違う……と思っていたのだが。
避けようとした。花嫁をしないでいいように動いた。だけど結果的にそうはならなかった。運命のいたずらか、それとも乗り越える試練なのか。
まだ彼女の話は続いている。
シェラルドは自然と手が動いた。
そっと肩を抱き寄せ、そのまま軽く自分の中に閉じ込める。フィーベルは少しだけきょとんとしたが、すぐにいつものハグだと思い、そっとシェラルドの背中に腕を回した。そうして互いにしばらく抱きしめ合った。
この状態になると自然と二人共静かになる。静かになるせいで周りの音や、互いの鼓動がよく聞こえる。落ち着いた定期的に鳴る鼓動が、さらに癒しをくれる。
と、最近までは本気で思っていたが。
(……やばいな)
シェラルドは冷や汗が流れた。
いくら夫婦のフリをしているとはいえ、未婚の妙齢の男女がこのように抱き合うのはいかがなものか。自分から動いたくせに、シェラルドは真面目にそう思った。互いにどうとも思ってないならまだしも、今や片方は自覚した身だ。このままではただの役得……基、ちょっとよろしくないのでは。
シェラルドはばっとフィーベルから身体を離す。
相手は何度か瞬きをした。
「どうしました?」
「……いや」
「?」
「今日は疲れただろう。もう部屋に戻れ」
シェラルドは誤魔化すつもりで笑顔を向ける。労いも込めてそう言ったのだが、フィーベルは「えっ」と、少しだけ残念そうな顔になった。
「もう少しお話したいです。今日はずっと一緒じゃなかったですし」
「……いつも互いに仕事で別だろう」
「でも、仕事の後によくお話してましたし」
「……たまには早く解散するのもいいんじゃないか?」
「でも……」
なかなか食い下がってくれない。
いつもなら嬉しく思うところなのだが、シェラルドは少しだけ焦った。どれくらいの距離でフィーベルと接したらいいのか、分からない。どこまでなら許されるのかも分からない。もはやどのように接したらいいのかさえ迷っている。
仕方ない、の一言で済ましてほしい。今まで意識もしていなかったのだから。……多分していたが何も思わないようにしていたのだから。今は色々と考えてしまう。思ってしまう。大切にしたい。その思いは変わらないが、自分を抑えるためにも。
「悪い。俺が少し疲れたんだ。大事な客人の接待で、少し緊張した」
するとフィーベルは「あっ」と声を出す。
「そうですよね。すみません私、配慮が足りず……」
反省したのか下を向いてしまう。少し心苦しいが、こう言った方がフィーベルには利くだろうと思っていた。シェラルドは「いや」と言いながら苦笑する。
「また話そう。すずらん祭のことも、もっと聞かせてくれ」
「はい!」
朗らかな笑みに戻り、ほっとする。
ひとまず今日は乗り越えられた。
フィーベルは早足でとある場所に向かう。
「失礼します!」
勢いよくドアを開ければ、そこにはヨヅカがいた。
手には書類を持っている。どうやら整理していたらしい。
「フィーベルさん、おはよう」
「ヨヅカ様、おはようございます」
「執務室に来るなんて珍しいね。どうしたの?」
「あの……シェラルド様は」
「シェラ? 今日はまだ来てないね」
「そ、そうですか」
フィーベルの顔が曇る。
それをヨヅカは目ざとく見つけた。
「どうしたの? 喧嘩でもした?」
「喧嘩……というか」
言いづらそうに口ごもる。
ヨヅカは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。シェラには言わないから。それに俺、シェラと付き合いが長いし、何か力になれるかもしれないよ」
それを聞いたフィーベルは少しだけほっとした。
だが変わらず顔は少し沈んだまま、恐る恐る話してくれる。
「その……シェラルド様に避けられてるんです」
「……避けられてる?」
「はい。ここ最近、ずっと会ってなくて……」
最初はただ忙しいだけだと思っていたが、それがもう二週間は続いている。前はあれだけ毎日会っていたというのに。仕事の後に会おうと思ってもなかなか会えず、見かけて声をかけても「忙しいから」の言葉で済まされる。最近ハグもしていない。花嫁としての仕事もできていないため、フィーベルは落ち着けないのか、そわそわしている。
「もしかして私に何か不満があるんじゃないかって不安で……」
「まさか。フィーベルさんに不満なんかないと思うよ」
「でも、明らかに避けられているような気がするんです。何か嫌なことをしてしまったでしょうか……」
フィーベルはがっくりと項垂れた。
あまりにも前と反応が違うため、困惑している。自分に何か悪いところがあるのなら、すぐにでも直したいところだが、それさえも教えてくれない。そもそも会ってくれない。そんな日々が続いていた。
ヨヅカは「あー……」と呟いた後、頷いた。
「分かった。それとなくシェラに聞いてみるよ」
「本当ですか!? あ、でも私からだとは」
「うん。フィーベルさんの名前は出さないから。さりげなく聞くね。また様子とか教えてあげる」
「ありがとうございます……!」
フィーベルはやっと表情を和らげた。時計を見てそろそろ行きます、と彼女は最初と同じように早足で部屋から出る。ヨヅカは優しい眼差しでそれを見送った。
バタン、とドアが閉まった後、ヨヅカは声を出す。
「出てきたら」
執務室に設置されている机の影に隠れていたシェラルドは、そっとヨヅカの前に出てきた。部屋に近付いてきた足音を聞いて咄嗟に隠れていたのだ。反射神経がいいのはさすがだが、足音だけでフィーベルだと当てたのかは謎である。勘が働いたのだろうか。
シェラルドはどこかばつが悪そうな顔になっていた。
ヨヅカは腕を組んで相手を見つめる。
「最近一緒にいないなと思ってたけど」
「…………」
「前まであんなにべったりだったのに、どうしたの? 急に離れたら周りも怪しむし、フィーベルさんも守れないよ」
「…………」
珍しく黙り込んでいる。
シェラルドは大体思ったことはすぐに口に出すタイプだ。ということは何か悩んでいるのだろう。ヨヅカは静かに見つめ続ける。すると観念したのか、ぼそっと呟いた。
「…………分からない」
「え?」
「どう接していいか、分からない」
「……は?」
素でヨヅカは声を出す。
シェラルドは顔を背けた。
少しだけ耳が赤い気がする。
ヨヅカはなんとなく察し、聞いてみる。
「え、なに。フィーベルさんのこと好きなの?」
「なっんでそれを」
「え、図星?」
こちらはそんなの薄々気付いていたようなものだが。と言うのはあれなので、「へぇ」と言いながらじろじろシェラルドを眺めた。「なんだ」とシェラルドは嫌そうにする。
「良かったじゃん。おめでとう」
「はぁ!?」
「よりフィーベルさんを守れるよ。やっぱり花嫁にして正解だったね。一石二鳥」
「おまっ、それ本気で言ってるのか!? 花嫁なんてただのフリだ。大体考えてもみろ。……す、そういう相手と四六時中一緒は…………きついだろ」
苦しそうに眉を寄せていた。
頭が痛くなってきたのか額に手を当てている。
「……まぁ、ねぇ」
シェラルドの言いたいことは分かる。
意中の相手の傍にいられるのは嬉しいが、立場上色々ある。夫婦のフリをして周りに見せつけないといけない。それをほぼ毎日しないといけないなんて、シェラルドの心臓が持つかどうかの話だろう。しかもフィーベルはとても素直だ。シェラルドやクライヴのためならおそらくなんでもできる。それはありがたいものの、こちらの理性を試していたりもする。
「だからどう接していいのか分からないって?」
「……むしろ今までどう接していたかも覚えてない」
「わぁ重症」
シェラルドなりに悩んでいたことを知る。
これは困った問題だ。気になることは他にもある。
「でももうすぐフィーベルさん、アルトダストに行くんでしょう?」
「…………」
日付は決定した。残りの日数を考えても一週間くらいしかない。関係者にはすでにこの話は伝わっている。クライヴからアルトダストに行くように言われたフィーベルは、喜んでその命令を受けた。相変わらず忠誠心が強い。それは予想通りなのだが、その嬉しそうな姿にシェラルドは若干機嫌が悪かった。危機感のなさに物申したかったのかもしれない。
フィーベルと一緒に護衛役としてヴィラ、そして世話役としてアンネが先に行くことが決まっている。これはアルトダストからも了承を得ている。そして三人がアルトダストに向かった数日後、クライヴ、シェラルド、エダン、イズミが行く予定だ。
ヴィラとアンネは最初、クライヴの命令にいい返事をしていた。フィーベルとそれなりに仲を深めていることも関係している。その後エダンとイズミも行くと知り、ちょっとだけ顔色が変わった。いいのか悪いのかは微妙なところだ。逆にエダンとイズミは凛々しい顔立ちで力強い返事をしていた。男性陣の方がどこか清々しい様子だったように思う。
ちなみにヨヅカはお留守番だ。エリノアの側近としての仕事があるし、関係者たちを見守る立場と言えばいいだろうか。事情を知っているだけに、アルトダストに行くわけではないがその場には呼ばれた。マサキも今回お留守番なので、クライヴがいない間に溜まるであろう仕事を円滑に仕分けるだろう。
シェラルドは深い溜息をつく。
「…………行かせたくない」
「行動と気持ちがバラバラだよ、シェラ」
思わずツッコミを入れた。
「……アルトダストはフィーベルを利用するつもりだ。それなのに行かせるなんて、クライヴ殿下は何を考えてるんだ……」
「俺からすれば花嫁を放置しているシェラが何考えてるんだって感じだけど」
「うっ……」
的を得ているので苦しそうに下を向く。
ヨヅカははぁ、と息を吐いた。
「まさかシェラがヘタレだったなんて」
「誰がヘタレだ」
むっとして言い返された。
「だったらなんとかしなよ。シェラに会えなくてフィーベルさん、寂しそうだったよ」
「……別に、フィーベルは誰と会えなくなっても寂しがるだろ」
どことなく拗ねているようにも感じた。
ヨヅカは少しだけ面倒くさくなった。
実際そうだろう。フィーベルのことだ、誰と会えなくなっても寂しがると思う。それでもフィーベルにとってシェラルドの存在は大きい。それがシェラルド本人に伝わっているのかは不明だが、ここは助け船を出してやる。
「じゃあ意識させたら」
「意識?」
「好きになってくれるようにシェラが努力するんだよ。両者が同じ気持ちなら何も問題ないでしょう?」
するとぎょっとされる。
「な、そういうのは、ちょっと違うだろう。大体フィーベルの気持ちはどうなる」
「そう思ってあげられるなら嫉妬するなヘタレ」
「ヘタレじゃないっ!」
嫉妬のところは否定されなかった。
ということはやっぱりそうなのか。
フィーベルは誰にでも優しい。それは美点だが、誰にでも優しいということは意中の相手からすればあまり嬉しくない点でもある。それでもシェラルドが自覚したなら少しは前進しているようなものか。
ヨヅカは少しだけふっと笑う。
「……何がおかしい」
「いいや。シェラに大切な人ができてよかったなって」
今まで彼は全く女性に興味がなかった。仕事ばかりで他のものに目もくれていなかった。そんな彼だからこそ、心配もしていた。今後シェラルドに大切な人ができるだろうかと気にしていた頃もあった。だが素直で優しい子に出会った。出会ったことで彼も変わってきている。
祝福したい。これはヨヅカの本心だった。
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