49:幻覚の魔法使い

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49:幻覚の魔法使い

「ようこそ、アルトダストへ。私はラウラ。皆様の案内人を務めます」  目の前の長身美女に、フィーベル達はみんな目を丸くする。「でか……」と呟いたヴィラにアンネは容赦なく肘でつついた。フィーベルも「確かに背が高いですね……!」と感心する声を出したが、両隣にいる二人から無言で見られる。なぜなのか分からなかった。  ラウラはふふ、と微笑む。 「可愛らしい方達にお会いできて嬉しいです。お近付きの印に、私の魔法についてお教えいたします。私は幻覚の魔法使い。夢や幻を見せることができます」  見た方が早いでしょうか、と補足し、ラウラは右手を自分の胸元に置いた。歌うように呪文を唱える。 「奥深き心の目(ディープ・ハーティッド・アイズ)」  急に白い煙が出現し、彼女を隠す。と思えば次の瞬間、フィーベルの目の前には、そこにはいるはずのないシェラルドの姿があった。 「シェラルド様!?」 「エダン殿、なんで」 「っ! イ」  最後にアンネが何か言いかけた後、三人とも思わず顔を合わせる。同じものを見たはずなのに、違う人物の名前が出たからだ。すると目の前の人物が再度白い煙に包まれ、今度はラウラが現れる。彼女は楽しそうに笑った。 「全員違う方に見えたようですね」 「い、今のって」 「私の魔法です」  今回はそれぞれの「今一番気になる相手」を見せたようだ。誰の姿を見せたのか、魔法を使ったラウラ本人には分からないらしい。魔法が発動するだけで、後は一人一人の心や気持ちに左右される。魔法の中でも少し特殊な部類だ。  感心しながら聞いていたが、フィーベルとヴィラはちらっとアンネを見る。シェラルドとエダンの名前が出てきたのは大方予想通りとして、アンネも誰か言いかけた。ということは気になる人がいるということだ。  アンネはじろっと二人を睨む。 「……なんですか」 「いや、アンネさんにも気になる人がいるんだなって」 「ヴィラ様はやっぱりエダン様じゃないですか。さっさとお気持ち伝えたらいかがです?」 「ちょ、私の話にすり替えないでよっ!」  二人でぎゃあぎゃあ言い合いが始まるが、フィーベルはそれを微笑ましく見つめた。アンネはこれまで気になる人はいなかったはず。そういう人に出会えたということは、少なからずアンネにも何かしらの影響を与えているはずだ。 「そろそろいい? 俺、待ちくたびれたんだけど」  ひょい、と二人の側に寄った青年を見た二人は言い合いをぴたっと止めた。フィーベルも目を丸くする。亜麻色の髪を持つ、クライヴに似た顔立ち。彼が以前娼婦館で会った人物であることはすぐに分かった。  ただ名前を覚えていない。フィーベルはええと、と言い淀む。  しばらくしたら思い出し、手を叩いた。 「確かルミエール様」 「リオだよっ! さっき自己紹介しただろ!?」  すごい剣幕で怒られた。  軽く自己紹介をされたものの、ラウラのあまりの美しさに全員の目がそっちにいったのだ。前に会った時と印象が異なると思えば、「あれは演技してたから。これがほんとの俺だよ」と言われた。見た目はクライヴによく似ているが、中身は普通の青年のようだ。  なんでも傭兵らしく、現在は国に関係なく頼まれた仕事をしているらしい。今回はアルトダストからの依頼で、ラウラと共に案内人をしてくれるようだ。 「ええ、あの時の?」  ヴィラは少しだけ眉を寄せる。娼婦館で戦った間柄だ。あまり快く思わないのだろう。それはリオも同じなようで、鼻を鳴らす。 「文句あるならそっちの王子に言ってくれよ。そっちが依頼してきたんだから」 「傭兵ってことはつまりどっちの味方でもないってことでしょ? 一番部外者なのになんでいるわけ?」 「うるせぇな。そんなの俺だって分かってるよ」  分かってるのか。リオ自身が自覚しているのは意外に思い、ヴィラが目を丸くする。するとラウラが、あら、と頬に手を添えた。 「リオを雇っているのは、それ以外の理由もあるんですよ」 「え?」 「おま、やめろ」  急にリオが慌てだす。 「この国の」 「いいから! さっさと行くぞ!」  こちらが何も言わないままに早歩きで行ってしまう。フィーベル達も慌ててその後を追った。先を歩くリオの横に、ラウラがそっと並ぶ。 「今日はちょっとお話をするだけだから、そんなに急がなくても大丈夫よ?」 「……余計なこと言うな。あいつらには関係ない」 「でも本当のことじゃない。王女様はあなたを気に入っている」  リオは舌打ちする。 「傭兵が物珍しいだけだろ」 「あら、それだけじゃないでしょう?」  ふふふ、と意味ありげにラウラが微笑む。リオはそれを思い切り睨んだ。それに対してとぼけるような態度を示した後、ラウラは小声で聞いた。 「隊長さんの魔力はどのくらいあるのかしら?」  ちらっとラウラが後ろを振り返る。  王城の中を歩きながら、ヴィラ達三人は辺りを物珍しそうに見ている。王城の形も、中の造りも、自国とは異なるからだろう。リオもちらっとヴィラに目を向けた。 「……主に使えるのは風だ。魔力は平均の魔法使いより多め。けっこう自在に扱える。強いぞ」  リオは見ただけで相手がどんな魔法が使えるのか分かる。そうでなくても、ヴィラの魔法は直接受けたことがあった。  かなりねちこく追われた。ヴィラは大きい風の塊を作ってきた。それだけ大きなものを作ったということはそれほど魔力も使ったはず。それなのにあの時、平気な顔をしていた。一般的な魔法使いよりも強いのは一目瞭然。正直もう戦いたくない。  するとラウラは頬を緩める。 「それは……欲しくなるわね」  妖艶に舌舐めずりしていた。  リオは眉を寄せて目を逸らした。  朝から出発してフィーベル達がアルトダストに到着したのは夕方頃。長い間揺られていたが、そこまで身体がきついわけではない。だが遠方で疲れただろうという相手側の配慮により、今日は少しだけ話して終わりのようだ。  先に王族に挨拶した方がいいのではと思っていたが、今日はどうやら忙しいらしい。明日には会う時間が取れると聞かされる。今日は会わなくていいと知り、少しだけ緊張が緩んだ。    三人は客間のようなところに案内され、横並びで座っている。向かい側にはラウラ、そしてリオ。机の上には珍しい香りの紅茶が置かれていた。飲んでみると爽やかでとても美味しい。  ラウラはにこっと、美しくフィーベルに微笑む。 「フィーベル様は霧の魔法が得意なんだとか」 「得意というか……私はこれしか使えなくて」 「専門が決まっている、というわけですね。実は私もそうなのです」 「え、そうなんですか?」 「ええ。私も基本的な魔法は使えません。先程説明した通り、幻覚の魔法と、後一つ、特殊な魔法が使えます」  するとリオの身体がぴくっと動いた。 「それはどんな魔法ですか?」  ヴィラが前のめりになりながら聞く。  魔法自体好きなので、純粋に興味があるようだ。  するとラウラは嬉しそうに微笑む。 「吸血です」 「……え?」 「血を吸うということですか?」  アンネが緊張した面持ちで聞く。  するとラウラは首を振った。 「いいえ。私が吸うのは、魔力です」 「……魔力」 「相手の魔力を取り込めるんですか?」  ヴィラは驚いてラウラを凝視する。  相手の魔力を奪う魔法はあまり見かけない。現にヴィラも初めて聞いた。しかも吸血と表現している。ということは……。ラウラはこちらの反応を楽しんでいるかのようにさっきから笑っている。 「ええ。文字通りの行いですよ」 「お、大人の世界……」 「ヴィラ様も大人でしょう」  半目になりながらアンネがツッコむ。 「こんな美女から吸血されるなんて、男達は気絶するだろうね」  しみじみと言い出したヴィラに、ラウラはゆっくりとした足取りでヴィラに近付き、顎をくいっと持ち上げる。身近に迫る美しい顔にどぎまぎしていれば、極上の笑みを向けられた。 「私は、ヴィラ様にしたいですわ」 「……え」 「紫水晶のように美しい瞳。顔立ちも女性らしいですがどことなく勇ましさも感じられますわね。そして感じる魔力の強さ……。とっても魅力的……」  ヴィラは思わずくらっとし、背中から倒れそうになる。  それを慌ててフィーベルが椅子ごと支えた。 「ヴィラさん、大丈夫ですか?」 「い、色香が凄まじい」 「確かにいい香りがします。香水でしょうか」  のんびり言ったフィーベルにアンネは呆れるような顔になる。ラウラは「これは香水と化粧品の香りですね」と優しく教えてあげた。 「ただ残念ながら、私は女性の魔力は吸えないのです」 「え?」  ヴィラは正気に戻りラウラを見る。  相手は眉を下げて頬に手を当てた。 「なぜか男性にしか作用されないみたいで」 「男に生まれたかった……!」 「ヴィラ様」  アンネが嗜める。 「私も、好みの女性に近付けないのは本当に残念ですわ」  器用に片目を閉じてヴィラにアピールする。ヴィラはまたくらっと倒れそうになった。フィーベルが慌ててまた支える。  ラウラはにっこり笑った。 「せっかくですからお見せしましょうか。ここにはリオがいますし」  急に名前が飛び出し、リオはぎょっとした。 「まさか、そのために俺を呼んだのか!?」 「それも理由の一つね」 「ふざけるな。やる必要ないだろっ!」 「ああ、安心して。前みたいなことにはならないから」  言いながらじりじりラウラがリオに寄ろうとする。リオは顔を歪めながらその場から立ち上がり、一歩ずつ後ろに下がる。座ったままの三人は思わずじっとその光景を眺めていた。 「……絶対嫌だっ!!!」  リオは今までで一番大きい声を出した。 「すごかったねぇ」  ヴィラが呑気な声を出す。  三人は部屋でまったりしていた。  あの後リオが瞬間移動の魔法を使って逃げ回り、ラウラは面白がって追いかけまわしていた。会話と彼の様子からするに、過去にラウラから吸血されたことがあるのだろう。だからあんなにも嫌がっていたのだ。そのまま放置された三人はしばらく唖然としていたが、城のメイドがやってきて部屋を案内してくれた。  部屋は一人一人別だ。互いに行き来できるように、部屋の中にもドアがあった。ドアを開ければすぐに隣の部屋に行けるのだ。こんな部屋もあるのだと感心する。一人にしてはかなり広い造りになっており、今はヴィラの部屋に三人揃っている。この後は特に用事もないので、とりあえず休んでいた。 「そんなことを言っている場合じゃありません。二人とも危機感がなさすぎます」 「「え?」」  アンネが厳しい言葉を放ったが、二人は部屋の中にあったフルーツの盛り合わせをもぐもぐ食べている。「怪しむことなくすぐ食べ物を口にしないっ!」と再度叱られてしまった。だが美味しいものは美味しい。 「えー? 一応歓迎されてるし、そこまで警戒する必要なくない?」 「ヴィラ様……魔法兵団の隊長ならもう少し危機感持って下さい。エダン様が悲しみますよ」 「エ、エダン殿は関係ないしっ!」 「ラウラ様もとても親切な方だったし……」 「綺麗だったよねぇ。ほんといい匂いした」  ヴィラはうっとりする。  するとアンネは顔が険しくなる。 「お二人ともお忘れですか。あの方が幻覚の魔法使い。つまりは街を壊した人なのですよ」  あの時街が少しめちゃめちゃにされた。リオのせいだと思ったが、正確にはリオに魔法をかけた人物のせいであると報告は受けていた。それが幻覚の魔法使いだったということだが、つまりはラウラがそうなのだ。そのことを二人とも忘れかけていたため、少しだけばつが悪い顔になった。 「私としては少し意外でした。あの時の関係者であるならわざわざ魔法のことを言う必要はありません。それなのに他の魔法のことまで……他人の魔力を吸うことができることも教えて下さったんです。何か裏があるようにしか思えません」 「逆に手の内を明かして敵じゃないですよって示してるんじゃない? 牽制してるようにも見えなかったけどな。だってどっちかといえばリオのこといじめてたし」 「それは……まぁ」  少し不憫に思ったのか、アンネは眉を寄せる。リオはラウラの魔法をかけられて暴走していたようなものだ。仕事だったからクライヴのふりをしていたと思うが、それにしたって立場が可哀想に思う。 「明日王子に会ってから判断したのでも、遅くはないと思います」  フィーベルがそう冷静に伝える。  二人も顔を見合わせ、小さく頷いた。  今回招待されたのにはいくつか理由がある。今日はフィーベルの魔法について少し話した。途中リオが退出したことで本当に少ししか話さなかったが、ラウラも使える魔法に限度があることが分かったのは収穫だ。今日はアルトダストに到着したばかり。明日からが本番だ。この国の王族が何を望んでいるのか、その意図はどこにあるのか、見極める必要がある。  アンネがふっと笑う。 「大丈夫です。殿下達も後から来ますし、私達は私達のできることをしましょう」 「そうだね」  空気が緩む。フィーベルも微笑んだ。 「で」 「で?」  急に二人の顔が近付いた。 「フィーベルさん、シェラルドにキスされてどうだった?」 「は……はい!?」 「その話途中でしたね」 「アンネまで!?」 「せっかく女子しかいないんだからさ、やっぱりここは恋愛の話でしょ」 「ならヴィラ様はエダン様のどこが好きなんですか?」 「ちょ、だから私に話持ってこないでっ! そういうアンネさんは誰が好きなの!?」 「好きな人なんていませんけど」 「嘘だぁ! 気になる人なんて好きな人一択じゃん!」 「勝手に判断しないでください」 「アンネさん塩対応すぎっ! 好きな人にもそうなの!?」 「ヴィラ様だってエダン様に相当ひどい態度取ってると思いますけど」 「なっ、あ、あれは」 「素直にならないと嫌われますよ?」 「なんでそんな冷たいこと言うのっ!?」 「……ふ、ふふ」  思わずこぼれた笑い声に二人がこちらに顔を向ける。 「あ……すみません。なんだか、楽しくて」  こういう時ではあるが、こういう時であるからこそ、なんだか三人でいられることをありがたく思った。他国に一人でいたなら、もっと不安もあっただろう。だがいつもの二人が傍にいてくれて、フィーベルはとても頼もしく、自分らしくいられると思ったのだ。  すると二人も笑みをこぼす。 「ここはやっぱり」 「そうですね」 「え?」  急に動き出した、と思えばいつの間にか右にヴィラ。左にアンネ。二人がフィーベルの腕を掴んでいる。「え、え!?」と頭を左右に動かせば、二人はにやにやと笑っている。 「最初はフィーベルさんの話だよね」 「逃げられませんし、寝させませんよ」 「え、いや、それは」 「はい教えて。シェラルドとのキスどうだった?」 「あの時のフィーベル様すごい顔赤かったですよね」 「か、勘弁して……!」  フィーベルはすぐに根を上げたが、二人は全く許してくれなかった。
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