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51:革命を起こした者
突然の挨拶に、三人は唖然として固まってしまう。ユギニスが正体を明かしたからか、先程まで静かだった周りの使用人達が今は景気よく拍手や口笛をくれる。が、それに対しても反応できない。
ユギニスは穏やかに笑う。
「驚いたか?」
「そりゃあ驚きますが……」
「気付かれるか心配していたが、杞憂だったな」
涼しい顔をしながらそんなことを言ってくる。
初めて会った時から気品を感じていたものの、まさか王族だとは思わなかった。制服姿もよく似合っているし、騎士だと言われてすぐ信じてしまった。
アルトダストの背景は勉強している。公開されている内容だけだが、複雑で壮絶な過去だ。だが彼と周りにいる使用人達を見ると、楽しそうに笑っている。そんな過去があったなんて感じられない。身分に関わらず、みんな距離が近い気がする。
「この国は臣下からの裏切りによって王族だけでなく、民もひどい目に遭った。裏切りに関しては人一倍敏感だと思ってほしい。だから先に試させてもらっている。相手の言動によって、こちらも対応を変えるようにしているんだ」
ヴィラは少しだけ眉を寄せた。
「それって少し都合が良すぎませんか?」
フィーベルとアンネは静かにヴィラを見つめる。
クライヴの偽物騒動があったり、街が少しめちゃめちゃになったり、それはアルトダストから仕掛けられたから。今だってこちらの対応を見ていた。アルトダストからすればそれは自国を守るため。
だが試される側としてはどうだ。馬鹿にされている、もしくはアルトダストばかり有利な気がする。ヴィラはそれに対して言っている。
おそらく国としてもアルトダストの対応に些か疑問視する声はあっただろう。だがクライヴは全て受け入れた。怒ることもなく、大人の対応をしている。そんな主の姿を見せられたら、周りは従わざるを得ない。それはクライヴが常に臣下のため、国の為に尽力しているからだ。
するとちらっと一瞥される。
「アルトダストとイントリックスは友好国ではあるが、条約を交わしたのは最近だ。正直に言えばすぐに相手を信じろというのは難しい。それはそちらもそうだろう。この国を見定めるために来たのもあるんじゃないか?」
「…………」
声色は穏やかだが瞳は冷たく感じた。
的を得ている言葉に、ヴィラも黙ってしまう。
アルトダストは内戦の影響もあって他国とあまり交流してこなかった。今回他国を呼んだのも初めてのようだ。アルトダストに来れただけでもかなり大きい。
ここから自国のみならず、他の国とも交流が始まるかもしれない。クライヴはそれを望んでいる。自国のみならず、互いによりよい国づくりをしていきたい。互いに協力し合うことで、どの国も幸せになることができる。その機会を逃してはいけないと、クライヴから出発前に聞かされた。
であるのにその機会を潰しかねない発言をしたとヴィラは理解する。口が軽すぎた。すぐにその場で片足を付け、頭を下げた。
「非礼に値する言動を致しました。大変申し訳ありません。先程の発言は私の無知によるもの。イントリックス王国、クライヴ殿下、隣にいる二名は一切関係ありません。不快に思われましたらどうぞ罰を」
フィーベルとアンネは息を吞んだ。
普段のヴィラは年齢の割に子供っぽいところがあり、隊長だが隊長に見えない時もある。だがこうして真っ直ぐ王子に向かう姿勢を見ると、やはり年長者。今この場で何をすべきかを分かっている。
二人はすぐに動いた。
「罰がありましたらどうか私も。信頼を回復できるよう精一杯努めます」
「私も罰を受けます。どうかご慈悲を」
同じように頭を下げる。
一斉にその場がしん、とした。
しばらくユギニスは無言だったが、一度息を吐く。
「そうか。それならば」
フィーベル達は頭を下げたまま喉を鳴らす。
「こちらの無礼も許していただきたい」
「…………え?」
ユギニスの口角が上がる。
「厳しいことを言ったが、共に支え合いたいとは思っている。君達にはこの国を見定めて欲しい。その上で判断してくれ。俺達もそうだ。君達を見てイントリックスに対する評価を決める」
「……! お許し、いただけるのですか」
ヴィラの言葉に、ユギニスは肩をすくめた。
「誠実な対応をしたのはそちらだ。こちらも誠意で応えたい」
「ありがとうございます……!」
全力でお礼を伝えると、歯を見せながら笑われる。言うべき時は言う。そんな姿はやはり王子だが、ユギニスからは親しみを感じる。そこがおそらく彼の一番の魅力なのだろう。
フィーベルとアンネもほっとした表情になる。ユギニスは顎に手を添えてあっけらかんとこう言った。
「にしても女性だけでこの国に来るとは意外だった」
それを聞いて三人共、別の意味でどきっとする。
「この国が安全である保障などない。男の従者を一人くらいつけるだろう」
(((……言われてみれば確かに)))
クライヴからの命令で油断を誘うためにこの三人で来たわけだが、アルトダストからしても不審に映ったようだ。確かに普通、男性の従者もつける気がする。
いくら全員そこそこ動ける、戦えるといっても、女性だけで他国に行くのは珍しいかもしれない。クライヴが三人で、と言ったのなら、きっとそれがいいのだろうと納得していた。相手側のことまで頭になかった。どう答えようかと考えあぐねていると、すっとユギニスが片手を見せてくる。
「クライヴの意図は分かっている。俺は実直で噓偽りのない者を好む。ラウラから報告は受けていたが、三人共そうだろう?」
思わず互いに顔を見合わせる。
確かに三人共嘘は得意ではない。
むしろはっきり言い過ぎる兆しすらある。
ユギニスがおかしそうに笑う。
「だから君達を先に送ったんだろうな。真っ直ぐな者ほど本音で話し合える。フィーベルが来ることを望んでいたが、彼女の傍にいる者に警戒されていたのでは話もできない。男は無意識に闘争心を持つ。心が読めづらいし扱いも難しい。だから女性だけにしたのだろう」
「なるほど」
「間違いないですね」
とヴィラとアンネは頷いていた。
フィーベルだけは「?」と首を傾げた。
ただクライヴのすごさは実感している。油断を誘うため以上に理由があって、この三人にしたのだ。まさかそこまで考えているとは。最終的にクライヴの思惑通りになっている。
ユギニスから好感を持ってもらえている。それは人として素直に嬉しいので、フィーベルは思わず笑みを浮かべた。
「――殿下」
急に程よい中音と足音が聞こえる。
振り返ると、フィーベル達は目を丸くした。
あまりにも鮮やかな赤い髪。
その髪をなびかせながら、ユギニスと同じ黒い制服を身にまとう人物がいる。赤い林檎を思い浮かばせる髪色。瞳はまるで林檎の木に存在する真緑の葉っぱのようだ。宝石のように美しい色合いを持ちながらも、その表情は固い。
真っ白な肌を持つが頬には血痕がついていた。それにも関わらず美しい、という表現が先に出てしまう。フィーベル達は目が逸らせない。
「ああユナ。終わったか」
「時間がかかってしまい、申し訳ありません」
「問題ない。こちらへ」
ユナと呼ばれた女性がやってくる。
右手を胸に置き、丁寧にお辞儀をしてくれた。
「ようこそお越しくださいました。我が名はユナ。ユギニス殿下の側近を務めております」
「側近、ってことは」
思わず声を出したヴィラに、ユナが目を合わせてくる。ヴィラは口を閉じてしまう。あまりに綺麗な瞳に少し動揺したのだ。ユナははっきり口にした。
「私が革命を起こした者です」
三人とも相手を見つめることしかできない。
ユナは淡々と言葉を続ける。
「アルトダストに来たのでしたら文献なども拝見していることでしょう。ユギニス殿下が指示を出し、私が全て手を下しました。私の手は多くの血で汚れております。あまりお近づきになりませんよう」
すっとその場を一歩引く。
こちらへの配慮のためか。決して手を出すつもりはないと伝えているためか。側近が女性だと知らなかった。王子がどんな人物なのかも知らなかった。なぜならクライヴが教えてくれなかったのだ。
王子と側近に会ったことがあるクライヴならば、おそらくこちらが気を付けるべき点も分かっている。そう思っていたのだが、クライヴはあえてこう言った。
『先入観を持たず、ありのまま接してきてほしい』
ユギニスと接し、彼の人柄を知る。側近であるユナに出会い、か細い手で腰にある剣を振り回していたのだと知る。ユナは自分の頬にある血痕に気付いたのか、すぐに手の甲で拭っていた。特に躊躇もない動きに、本当に彼女が側近なのだと理解する。
こちらの国は平和だ。戦争が起こることも、特に争いがあるわけでもない。犯罪に手を染める者はいたとしても、アルトダストのように大掛かりに何かあったわけでもない。
だからこそユナはかなり肝が据わっているように見える。冷静であり、大人びている。クライヴと年が近く見えるが、それにしたって若い。本当に革命時に全て手を下したのなら、対応した数は相当だろう。
当時の裏切り者に容赦がなかったと聞く。それなりに反感や恨みを買ったこともあるだろう。だが彼女は動じていない。それが分かっているように。それがさも当然のように王子の側にいる。まさに不要な者を排除する、王子の剣であり盾だ。
ヴィラは冷や汗を流していた。
彼女の持つ気の強さに、気後れしたのだ。
存在するだけで圧倒的な強さを感じる。
恐怖を感じるからこそ、迂闊に言葉が出ないのだ。隣にいるアンネも口数が少ない。彼女の存在自体に押されている。いつもは自分の思ったことを言える彼女が、ユナの前では何も言えないようだ。
フィーベルも同じだろうか。
とヴィラがそちらを向けば、彼女は足を動かした。
ゆっくりと歩きながらユナに近付く。
思わずヴィラ達が名前を呼ぼうとする。
その前に、フィーベルはユナの手を掴んだ。
「――すごいですね」
「……は」
ユナは少し呆気に取られていた。
「剣だこです。怪我もたくさん……。たくさん、苦労されたんですね」
フィーベルは優しく微笑んでいた。
相手を怖がる様子もなく、ただ敬意を示している。
愛おしそうにユナの手をそっと撫でた。
「あなたの手は汚れてなんかいません。これは国を、民を守るために戦った手です。その手は誰よりも尊く、立派で、美しいです」
「…………」
ユナは何か言いたそうにフィーベルを見つめる。
フィーベルは満面の笑みを向けていた。
(……さすがフィーベルさん)
傍で見ていたヴィラは苦々しい顔になる。
ユナの持つ「気」にまんまと怯んでいたが、彼女はただ国を守り、助けるために力を使ったのだ。無差別に人を殺めたのではない。自分がその役を買って出た。そうであることをフィーベルによって気付かされる。
今ならクライヴが何も情報をくれなかった理由が分かる。目の前の事実だけを見るのではなく、本質を見抜け。そう言いたかったのだろう。先程からクライヴの意図が気付けず、ヴィラは少しだけ悔しく思う。
(こりゃエダン殿に怒られるな)
実力より、もっと深いことまで自分で探り、理解しなければならない。それが自分にはまだ足りない。隊長という役割を与えられているが、今のこの場で相手が求めることを分かっているのはフィーベルだ。それは相手を思いやり、優しく声をかけられるフィーベルだからこそ。自然にユナの心に寄り添っていた。
傍で見ていたユギニスがははっ、と笑い出す。
「俺の側近をそのように労ってくれたのはフィーベルが初めてだな」
「え、そうなんですか? だってすごく立派です」
「……お褒めに預かり、光栄です」
ユナが小さい声で礼を述べる。
少しだけ表情が柔らかく見えた。
「早速だがフィーベル。協力してもらいたいのだが、いいか」
「はい。そのために参りましたので」
フィーベルは快く頷いた。
ユギニスは嬉しそうに口を横に広げる。
「まずフィーベルの魔法について知りたいことがある。同時に我が国に伝わる宝石についても伝えたい。ラウラ」
「はい」
使用人達の中にいた彼女がそっとやってくる。
「彼女らを案内してくれ」
「かしこまりました」
ユギニスはこちらに向き直る。
「ラウラの後に続いてくれ。俺はこの後仕事がある。また会える時に話そう」
フィーベル達は頭を軽く下げた。
ラウラに続き、その場を後にする。
行く途中、ヴィラはそっとユナを盗み見た。横顔もよく整っている。どの角度からでも見惚れてしまいそうだ、と思いつつ、実はユナの姿に見覚えがあった。
そっと前を歩くフィーベルに声をかけた。
「フィーベルさん」
「はい?」
「ユナ殿、どこかで見たことない?」
「え?」
フィーベルもユナに顔を向ける。
すると「あ」と気付く。確かすずらん祭で歩いていた。ヴィラも分かったようで、頷く。あの時はただ祭りに参加している人だと思っていた。牙を隠す獅子のように、だがその瞳を向けられたら最後。目を逸らせないほどに綺麗な女性だと思った。
「……惹きつけられるものがありますね」
美に厳しいアンネもぼそっと呟く。
ただの側近にしては美しすぎるほどに。
「やっと会えたな」
「はい」
「念願のフィーベルだが、どうだ?」
ユギニスはにっと笑う。
どことなく楽しそうだ。
ユナは冷静な表情で答える。
「よく似てらっしゃいます」
ユギニスの最初の感想と同じだった。
「落ち着いているな。もっと喜ぶと思ったんだが」
「内心喜んでおります」
「そりゃあよかった」
ふっと微笑む。
だがしばらくすると王子の顔になる。
声色が低くなった。
「――イントリックスに対してお前が行ったことだが、謝罪と詫びは」
「……いいえ」
ユギニスは眉をひそめた。
リオがクライヴになりすまし、彼の国での評判を聞く。そう提案したのはユナだ。それに対しユギニスは渋々許可した。後始末はするようにと伝えていたが、ユナは行わなかった。
「イントリックスからお咎めはない。謝罪を要求することも、怒りを向けることもない。それはクライヴがそうしないようにしたからだ。誠意を示してくれた」
「……お言葉ですが殿下。クライヴ殿下は本心を隠しております。あなたが望む実直な青年ではない」
ふう、とユギニスは溜息をつく。
「相変わらず嫌っているな。口説かれたからか?」
「それは関係ありません」
ユナは嫌そうな顔をする。
「私は彼の目的が知りたいのです。だからリオとラウラを送りました」
「噂に違わず立派な王子だったようだかな。そしてこてんぱんにやられた」
「……フィーベルもいたのです。当然でしょう」
ユナはクライヴのことを疑っている。見た目は麗しい優しき王子だが、何か裏があると思っている。それはユナが直感でそう感じたからであるし、フィーベルのことも関係している。そしてもう一つ。初対面であるのに口説いてきた。
ユナの外見の美しさは自国でも「戦場の女神」と言われるほど。美しいのに腕は確かで、容赦なく急所を狙い相手の返り血を浴びることも多かった。クライヴがただ外見だけに惚れたのならば、ユギニスは間違いなく近付けさせなかっただろう。だがそうではない。彼がユナに向ける眼差しは、優しかった。
「詫びるつもりがないのなら俺から詫びるしかないな。どうせこの国に来るからその時に謝罪しよう」
「! それは」
「部下の失態は俺の失態。側近だからといってお前ばかりが全て受け止める必要はない」
「……申し訳ありません」
「それはクライヴに言ってくれ」
溜息混じりに苦笑する。
思い出したように言葉を続けた。
「クライヴ達が来たらお前にやってもらいたいことがある。これは命令だ。いいな?」
「主君の命令であれば、喜んで」
すぐに右拳を心臓の前に置く。
これはこの国で最大の敬意を示すもの。
ユギニスは頷く。
頭の中では面白いことになりそうだと、そんなことを思いながら。
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