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52:魔力と宝石
「なるほど。フィーベルさんが主に使えるのは『霧を生み出すこと』『霧の形を変えること』『霧自体になること』『自分だけでなく他の人も霧に変化させて移動させることができる』ですね」
フィーベル達はラウラに案内され、城の中にある研究室と呼ばれる場所にいる。そこには白衣を着た人達と、大型の機械が部屋のあちこちに存在していた。
研究者の一人である女性に色々質問された後、フィーベルは実際に魔法を見せた。その後、腕に機械とつながるチューブをつけられ、再度魔法を見せる。どうやら魔力量が分かる機械のようで、女性はうんうん、と頷いた。
「フィーベルさん、魔力が強いですね。魔法を使ってもあまり消費されません。すごいです」
「そうなんですか?」
魔法についてあまり知識がないこともあり、フィーベルは意外な顔になる。女性は目を輝かせながら補足説明してくれる。
「普通の魔法使いは、生活の中で魔法を使います。火をつける、水を出す、これら簡単な魔法は消費が少ないんです。生活する分には支障がありませんが、大量に使うとかなり身体に負担がかかります。けど、あれだけ魔法を見せてもらってもフィーベルさんの魔力は減っていない。これはすごいことなんです」
「へぇ……!」
「主任! すごいのはこっちもですよ! ヴィラさんも魔力が強い方みたいで」
「見せて見せて!」
ヴィラの魔力量を調べていた男性に言われ、女性は駆け出して行ってしまう。子供のようにはしゃいでおり、その姿はなんだか微笑ましい。
最初は霧の魔法について、そして魔法の威力がどんなものなのか、それを調べさせてほしいと言われた。霧の魔法が物珍しいこともあり、データとしてまとめたいのだという。魔力が多いこと、あまり消費されないことを知り、確かに魔法を使った後もあまり疲れたことがないことに気が付いた。
ヴィラも魔法が使えるため、よければ協力してほしいと言われた。風の魔法はこの国でも使える人はいるらしいが、他国の魔法使いの魔力に興味があると。ヴィラも魔法に関することなら喜んで、と快く承諾していた。今も研究者の人達と楽しそうに話が弾んでいる。
「フィーベル様、ご協力ありがとうございます」
ラウラが近づいてくる。
「分かったことを教えてもらえて、私としても助かっています。この国では魔法が使える人が多いんですよね? 魔力が強い方もいると思ったんですが」
先程の女性といい、魔力が強いことにとても驚いている様子だった。革命を起こしたアルトダストなら、すごい魔法使いもたくさんいると思ったのだが。
相手は苦笑する。
「この国では生活の中で魔法を使う人が多いせいか、魔力が強い人の方が少ないのです。私もそんなに魔力が強くありません」
「えっ」
幻覚を見せる魔法なんて、かなり強力な魔法だと思う。相手を意のままに操ることもできるし、魔力が強くないと使えないイメージがあるが。
すると首を横に振られた。
「確かに操ることはできますが、魔力の消費が激しいので、いつでも使えるわけではないのです。幻覚も場合によってはかなり魔力を使います。昨日は一瞬しかお見せしていないのでそこまで消費はしておりませんが、それを補うために、吸血ができるのかもしれませんね」
そういえばラウラはフィーベルと同じく、基本魔法が使えないと言っていた。
特定の魔法が使える人は、それだけ威力が強いものの、どことなく不安定だ。フィーベルの魔法も、なんとなくイメージして使っていることもあり、全て自由自在に使いこなせているかと聞かれると微妙だったりする。アルトダストに来たことで、学べることが多くあった。
フィーベルは「あ」と思い出す。
「私の国にも、ラウラ様の魔法と似ている魔法を使える方がいます。その方は『催眠』なのですが」
催眠魔法が使えるエダンも、ラウラの魔法と似ているところがあると気付く。同じ「状態魔法」に分類されるものであるし、エダンも後からここに来る予定だ。互いに何か話せることがあるかもしれない。
するとラウラの目が光った気がした。
「クライヴ殿下の側近の方ですね?」
「あ、はい」
誰がここに来るのかどうやらラウラも把握していたようだ。さすが案内人を任されているだけある。ラウラは急に頬を赤らめ、うっとりとした表情になった。
「正義感が強いとても素敵な方なんだとか。リオに聞いたのですが、とても一途なんですよね。一体どんな方を慕っているんでしょう」
それを聞いてフィーベルは少しどぎまぎした。どうやらラウラはエダンに興味があるらしい。しかも一途であることも知っている。むしろなぜそれをリオが知っているのか。
微妙にラウラの視線がヴィラに向かっていた。ヴィラは魔法の話に夢中のようでその視線には気付いてないが、フィーベルの方が緊張してくる。
「けれど私は、ヴィラ様の方が好きかもしれませんわ」
「え?」
そういえば最初に会った時もヴィラのことを気に入っている様子だった。
「私、強くて美しい女性が好きなんです。私をここに連れてきてくださったのが主……ユナ様で」
聞けばラウラは元々娼婦として働いていたようだ。抜群の美貌を持つ彼女なら納得なのだが、その頃はあまり自分の魔法に関心を持っていなかったらしい。基本魔法が使えないし、魔法を使ってお客さんを呼び込むよりも、自分の力を示したかったとか。
魔法だけに頼りたくない気持ちは分かるかもしれない。フィーベルも魔法だけでなく、それ以外の体術や剣術を磨くよう意識してきた。
「幼い頃より娼婦として働いていましたから、これ以外の道があるなんて思いもしなかったのです。ですがユナ様が城で働かないかと声を掛けてくれました。せっかく綺麗な魔法を持っているのにもったいないと」
それを聞いてフィーベルは懐かしい気持ちになる。国を出ようとしていた時に、クライヴが声をかけてくれたことを思い出した。
フィーベルが元々いた場所はイントリックスとアウトダストの丁度中間位置だろうか。治安があまり良くなく、奴隷制度なんてものもあった。フィーベルは奴隷になることはなかったものの、魔法を使えることで気味が悪いといつも一人にされた。知り合いも、助けてくれる人もおらず、自分の足で道を開かないといけないと悟った。
どうにかこうにか日雇いの仕事を行い資金を貯め、ようやく国を出られる、と思った時にクライヴに会ったのだ。思えば治安の良くない場所に一国の王子が立っていたことに、だいぶ違和感があった。どうしてこんなところに天上人がいるのか、と驚いたものだ。
だがクライヴは真っ直ぐフィーベルを見つめて声をかけてくれた。違和感よりも、この人について行きたいと思わせるものがあった。結果、ついて行ってよかった。おそらくラウラも同じ気持ちなのだろう。ヴィラを見つめながら、どこかユナを思い浮かんでいるような表情だ。
「ラウラ様にとってユナ様は、とても大切な方なんですね」
「ええ。一生ついて行くつもりですし、主のためならなんだってできますわ」
嬉しそうに頬を緩ませている。
深い忠誠心に、思わず頷いてしまう。フィーベルも同じ気持ちだからだ。ずっとクライヴについて行きたいと願う。そしてクライヴのためならきっとなんでもできる。忠誠心というと、一つ気になることがあった。
「ユギニス殿下の側近はユナ様だけなんですか?」
先程の謁見で彼の一番近くにいたのがユナだった。他にも騎士や魔法使いはいたものの、少し距離があるように思えた。
「そうですね。従者はいますが、側近はユナ様だけですわ」
それを聞き、改めて感心してしまう。基本的に王族の側に仕える者は男性が多い。現にクライヴの近くにいるのもほぼ男性だ。お世話係であるアンネ、特殊な位置にあるフィーベルはクライヴと距離が近いものの、それでも立ち位置は少し違う。
ユナがユギニスと共に革命を起こしたのはそれだけの行動力と実力があるからだ。女性でここまで活躍している人はあまり聞かない。やはり彼女はすごい。
「ユナ様は今回、フィーベル様にお会いすることを楽しみにしておられました。確か、」
「フィーベル様、ラウラ様。そろそろ移動していただいても大丈夫ですか?」
ラウラが何か言いかけた時、研究者の女性から声がかかる。フィーベルは迷う表情になったが、ラウラは頷いて先を促した。タイミングの問題もあり、その先は聞けなかった。
「おかげでいい研究データを得ることができました。ありがとございます」
「いいえこちらこそ。色々聞かせていただいて勉強になりました」
ヴィラが嬉しそうに笑っている。よっぽどいい話ができたらしい。フィーベルとアンネは顔を見合わせて微笑む。
アンネは待っている間、挨拶に来てくれた城のメイドと色々情報交換していたらしい。どうしたら効率よく仕事をさばけるのか、他にも洗濯や掃除で役に立つ豆知識を教えてあげたら喜んでくれたようだ。
研究者の女性はある部屋の前に案内してくれる。
城の中でも端に存在するその部屋は、少し薄暗い。扉は頑丈な造りになっており、分厚い鍵がかけられている。しばらくするとチャリン、と鍵が鳴る音が近付いてきた。
真っ白でシンプルなドレスに映える、腰まである長い金髪。青くゆらゆら揺れる穏やかな海の如く美しい大きな瞳を持つ少女だ。耳元にはプラチナの耳飾りをしていた。
ラウラのような妖艶さ、ユナのような圧倒的な存在感とは違う、とても繊細で清らかな雰囲気を感じる。清楚、という言葉が相応しいと思った。
「初めまして。ユギニスの妹、シュティと申します」
「妹、ってことは」
「この国の王女です」
ラウラがさらっと紹介してくれる。
慌てて三人とも頭を下げた。
するとくすくすと小さく笑われる。
「身分は気にしないで下さい。仲良くしていただけると嬉しいですわ」
柔らかくて優しい笑みを向けてくれる。
ユギニスと同じく気さくなようだ。
と、ヴィラは目ざとく見つけた。
「リオ?」
するとぎくっ、と身体をびくつかせながらもリオが顔を見せる。彼女に使える従者らしき人達と共にいたのだ。昨日の軽装とは違い、ちゃんと制服らしきものを着ている。
「え、どうしたのその格好。ラウラさんから逃げてたんじゃ」
「誰が仕事放棄するか」
「昨日は逃げてたくせに」
「…………」
ヴィラの正論に無言で睨んでくる。
するとシュティが庇うように彼の前に立つ。
「今日は私の傍にいてくれるように頼んだんです」
「え……? あ、そ、そうなんですか」
思わずヴィラは二人を交互に見てしまう。
ただの傭兵がお姫様の傍にいること自体なかなかないことだと思うのだが。シュティは無害な表情で教えてくれる。
「彼は多くの国を巡っています。私は身体が弱くてあまり外出ができなくて。彼にいつも旅の話をお願いしているんです」
全員リオに顔を向ける。
当の本人は嫌そうにそっぽを向いた。
「私がここに来たのは我が国に伝わる宝石ついてご紹介するため。宝石の管理は王族が行っております。兄が仕事のため、私が代わりに参りました」
シュティは慣れた様子で鍵を開け、中に案内してくれる。思ったより広く、十人は軽く入れそうだ。その中央に、たくさんの無色透明の宝石が存在していた。高級そうな宝石箱の中に手のひらサイズの宝石が入っている。部屋には何個も宝石箱があり、もしかして全てこの宝石が入っているんだろうか。
「こちらはアクロアイト。我が国では別名『魔法を封じ込める宝石』と呼ばれております」
「封じ込める、というのは」
するとシュティの顔が曇る。
「それが、詳しいことは私達にも分からないのです。かつての王族は宝石を大事に管理し、守っていました。使用することもなくただ管理していたのです。この国を乗っ取った臣下がどのように使用していたのか……すでに手を下してしまったこともあり、文献に記録されていなかったこともあり、誰も分からないのです」
どのように使用されていたのか、当時を知る者なら分かりそうだが、裏切り者は全員ユナが剣を振るったようだ。死人に口なし。それでは確かに宝石のことが分からない。
文献に残っていないのは意外だが、おそらく宝石の存在をあまり知られないようにするためだ。文献は後代に残すために必要なものだが、それがあるが故に波乱や困難を招く場合もある。何も残されていなからこそ守ることもできるのだ。フィーベルは国の政治に関する本を読んだことがあるため、なんとなく理解した。
「調べようにも、魔法使いにどんな影響を与えるのかが分からない以上、迂闊に調べることもできません。魔力がない者が触れても、特に問題はないようですが」
シュティは触れて宝石を見せてくれる。
彼女の手の中にすっぽり収まっているアクロアイトは、確かにただ美しいだけの宝石に見えた。
「アンネ様、よければ触ってみますか?」
ラウラが声をかける。アンネは魔力がないからだろう。シュティ以外の者も触れて問題はなかったそうなので、アンネは代表して、宝石に触れてみた。
「……確かに、普通の宝石です。少しひんやりしているくらいで」
特に変わったところはなさそうだ。
シュティはこちらに向き直る。
少しだけ真面目な顔つきになった。
「よければ皆様のお力をお借りできませんか。お聞きしたかもしれないのですが、この国の魔法使いは魔力が弱いのです。宝石に触れることで魔力を無くし、倒れてしまう可能性もあります。魔力が強い方なら、魔力を無くすまではならないかと」
研究者達によると、宝石一個に対してそこまで大きな力はないのでは、という見解のようだ。手のひらサイズでそこまで大きくないことと、宝石の数があまりにも多すぎることが関係している。
希少価値があるなら宝石の数も少ないはずだが、文字通り山のようにあるのだ。ならば単体だけではそこまで大きな力はないはず。もしあるのなら、今まで何も起こってないことの方が不思議なくらいだ。
シュティは真剣な様子で言葉を続ける。
「もちろん、お客様である皆様を危険な目には遭わせません。最大限サポートさせていただきます。何かあったとしても医者がおりますし、ラウラは吸血で人に魔力を与えることができます」
「でもラウラさんて、男性にしか吸血できないんじゃ」
ヴィラが片手を上げて質問する。
シュティは頷いた。
「ええ。ですが吸血した男性を操って女性に魔力を与えることは可能なのです。それならば魔力の補給もできます」
「そんなことまでできるんですか……!」
人の魔力を取り込むことができ、それを別の人に渡すこともできる。なんとも便利な魔法だ。それさえあれば、魔力に何かあっても、すぐに対応できる。
ラウラは苦笑する。
「先程フィーベル様にはお伝えしましたが、私自身そこまで魔力が強くないので、何人もの方にそのようなことはできません。ですので、一日お一人に、ご協力いただきたいのです。少しでも情報を得ることができれば、後はこちらの仕事です。少しの間だけ、どうかご協力をお願いいたします」
すっと、綺麗に頭を下げられる。
シュティも同じような姿勢になった。
「あ、頭を上げて下さい」
慌ててそう伝える。一国の王女にもこのようにされたらなかなか生きた心地がしない。するとシュティはすっと頭を上げ、胸元で手を組む。
「もちろんただでお願いするわけではありません。イントリックス王国とは条約を交わしています。ご協力いただけたら、より友好的な関係を結べるよう、尽力いたします。以前クライヴ殿下が、兄であるユギニスに色んな案を下さいました。他の国との交流、互いの特産品の紹介、より具体的なことを行いたいと申しております。サインが必要でしたら、すぐにご用意できます」
それを聞いて三人はさっと目を合わせる。
宝石の効能が分からない以上、自身の身に何が起こるのか予想することは難しい。だがシュティの言葉で、クライヴが望む結果になる。確かな友好関係になること、他国との交流関係を広げること、それはクライヴの望みだ。
なによりシュティの手が小刻みに震えており、助けてほしい気持ちが伝わってくる。ここまで言われて動かないフィーベル達ではない。
安心させるようにフィーベルは微笑んだ。
「私達でよければ喜んで」
元々協力するために来たのだ。来る前から話は聞いていたし、特に驚きはない。報酬を用意してくれたのは、こちらに対する敬意を示してくれたのだろう。するとシュティはほっとするように顔をほころばせる。
「ありがとうございます……!」
再度頭を下げられ、三人は慌ててすぐに顔を上げるように伝える。きょとんとした顔をされるが、今度は一緒に笑ってくれた。シュティはその後も、国の話を色々としてくれた。
アルトダストが今まで自国で全てを成してきたこと。やっと国が安定したと思えば考えなければならない問題が出てきて、それに対してクライヴが柔軟な姿勢を示してくれたこと。ユギニスはクライヴを本当に同じ王子として尊敬し、弟のように可愛がっていること。
知ったことが今日一日でたくさんある。
接するうちに、アルトダストの王族も、人々も、自分達と同じただの人であることを知る。話が長くなるにつれ、三人はすっかりアルトダストの人々と打ち解けていった。
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