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93:花嫁と結婚式
あれから半年が経った。
その間、エダンとヴィラが式を挙げたらしい。
エダンはヴィラと婚約者の関係になったものの、側近の仕事は激務でなかなか会えていなかった。ヴィラも魔法兵達の新人教育担当になり、より忙しくなったのだ。そんな時にユギニスとユナがイントリックス王国にやってきた。国同士の交流を深めるため。以前クライヴがユナと約束した、二人で遊びに来て欲しいという願いを叶えるために。
ユナが来たことでクライヴはいつも以上に彼女を溺愛した。そんな姿を城の者達は初めて見た。いつも女性と接するときはほどよい距離感でいるのに、ユナへの接し方はまるで違う。彼女を愛しているのは一目瞭然だ。
クライヴは仕事ができる。が、勝手に予定を詰めたり、勝手に抜け出して一人で散策したりする。それに付き合ったり探したりするのも側近の仕事。日々そんな主人に振り回されていたエダンは、自分の愛しい人と一緒にいられる時間があまり取れないことにも段々ストレスが溜まっていた。そんな中でユナを溺愛する主人の姿を見て、ぷっつんと何か切れたらしい。今まで二人の関係性を見守っていた者達は、いい頃合いじゃないか、と後押ししてあげたそうだ。
フィーベルも結婚式に招待されていたが、そのタイミングで母が体調を崩してしまった。フィーベルがイントリックスに来てからというもの、フィオは嬉しくてはしゃぎ、よく動き回っていた。無理をしてしまったのだろう。元々身体が弱かったが、ベルガモットとフィーベルと生活すると、だいぶ身体は強くなった。少し遠い距離へも行けるくらい元気になった。
久々に体調を崩したフィオから、気にせず結婚式に行っておいでという言葉をもらったが、フィーベルは父と一緒に看病した。こういう時だからこそ家族は一緒にいるべきだと、改めて感じたのだ。
それからまた半年が経つ。
その間にクライヴとユナが式を挙げた。
ユナはようやくイントリックスに嫁ぐ覚悟ができたようだ。それまでの間はアルトダストで王族としてできることを行い、これからはイントリックスとアルトダスト、両国のためにできることをすると言っていた。
イントリックスに向かう日。
フィーベルはユナに会った。
白い純白の花嫁衣装はとても美しかった。生地や刺繍は特注らしく、頭には透明のベールを被っている。式が終わるまでは被ったままのようだ。光が当たるとより生地に清廉さを感じられ、よりユナが麗しく見えた。
手には赤い薔薇の花束があった。
兄であり国王であるユギニスからもらったという。保護魔法がかけられており、イントリックスに到着するまで綺麗に咲き続けるようだ。
「ユナさん。おめでとうございます」
「ありがとう。向こうの国でも、よろしく頼む」
ベール越しだが微笑んでいた。
いずれフィーベルも国に戻る。
だから頼んでくれる。それが嬉しかった。
ユギニスは最後まで黙ったままだったが、薔薇にユナへの思いは込めたことだろう。表情は少し寂しそうだったが、兄として、妹の祝福を喜んでいるようにも見えた。王妃であるビクトリアは、ただそっと彼に寄り添っていた。
そして一年後。
フィーベルはシェラルドと共に、フリーティング王国の近くにある森にいた。一緒に手を繋いで歩いている。フィーベルは動きやすい白いドレスを身につけていた。真っ白だが刺繍は銀が使われており、歩くたびに煌めいている。シェラルドは真っ白のタキシード。フィーベルと同じく刺繡は銀色。お揃いだ。彼の着ているタキシードも、動きやすい作りになっている。
「まさか森の中で結婚式をしたいなんてな」
歩きながらシェラルドは笑う。
式をしたいとフィーベルから相談を受けたシェラルドは、なんでも彼女の望みを叶うつもりだった。フィーベルは、手作りの結婚式にしたいと言ったのだ。
「母と父が初めて出会った場所ですから。それに、厳かなのも派手なのも苦手だなって」
両親の結婚式は王族の式だったこともあり、かなり華やかだったようだ。話を母から聞いたが、あまりに豪華すぎる内容に目が回りそうだった。国王であるファイが、姉のために、そしてベルガモットのために、壮大にやりたかった、というのもあるようだが。
「それは俺も一緒だ」
あっさりとシェラルドが言う。
「色々と手伝って下さって、ありがとうございます」
招待状やら飾り付けやら、シェラルドにも色々手伝ってもらっていた。国を行き来しながらやってくれた時もある。大変だったろうに。
「これくらいお安いご用だ。大事な式だからな」
続けて鼻で笑われる。
「ヴィラの時は相当大変だったらしいぞ。マリッジブルーにもなったって」
「えっ」
「招待客が多いから準備も大変だったみたいだ。何度もエダン殿にキレてた」
「ヴィラさん……」
「会うのは久しぶりだろう。労ってあげてくれ」
「はい」
二人の足が止まる。
目的地に辿り着いた。
森の中で、小さな結婚式を行う。
そのために招待客が座る白いベンチ、誓いを立てるための演台、花々が飾られたアーチが用意されてある。飾りつけも行った。あとは自然本来の美しさが演出してくれている。生い茂った木々や綺麗に咲いた花の数々。なにより招待客と、今回の主役が揃っている。これだけで十分だ。
「おーい! フィーベルさーん!」
よく通る声が聞こえ振り返れば、招待客達がぞろぞろと歩いてやってきた。先頭で声を出したのはヴィラだ。髪が長かったはずだが、今はばっさりと切っていた。出会った頃くらいの長さになっている。耳元にはいつもの珊瑚色のイヤリングだ。
「ヴィラさん!」
「わぁ久しぶり〜。私の結婚式では会えなかったもんね。いつぶりだろ。二年ぶりくらい?」
「それくらいですね。髪、切ったんですか?」
「そうそう。邪魔になっちゃって。結婚式までは伸ばしてたんだよ」
言いながら紙を見せてくれる。
姿絵を描いてもらったようだ。
少し緊張気味のエダンと、薄桃色のドレスに身を包んだヴィラ。確かにこの頃は肩よりも長い髪だ。素敵な笑顔も相まってとても美しい。二人の晴れ姿を見れて、フィーベルは嬉しくなる。
「にしてもフィーベルさん、さらに綺麗になったね」
「えっ。あ、ありがとうございます」
「今日でシェラルドのものになっちゃうの? なんかやだな。私のものになる?」
「おいヴィラ。何言ってんだ」
「わっ。お邪魔虫はどっか行ってよ」
ヴィラはしかめっ面でシェラルドに手を払う。
いつもの二人のやり取りに安心してしまう。
「シェラ。お招きありがとう。結婚おめでとう」
「ヨヅカ。ありがとう」
同期であるヨヅカも来てくれた。相変わらず柔らかい雰囲気を持つ人物だ。場を和ませてくれる。シェラルドの顔も緩んでいると、こそっと耳打ちされた。
「これでやっとフィーベルさんと一緒に寝れるね」
「おいっ!」
「えー? 事実でしょ?」
あはは、とヨヅカは悪気なく笑う。
シェラルドは半眼になりながら睨んだ。
やっぱり彼が一番厄介かもしれない。
(相変わらず仲が良いなぁ)
会話の内容は聞こえなかったが、フィーベルは二人の様子を見つめていた。すると、いつの間にか背後にいたアンネにぎゅっと抱きしめられる。
「アンネ!」
「お久しぶりです。お元気そうでよかった。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう」
久しぶりの再会に喜んだ。
アンネは柔らかく微笑む。
「この日が来てようやく私もほっとした気持ちです」
「あ、ありがとう?」
「シェラルド様のことで相談された日がなんだか懐かしいですね」
「! そ、その節はどうも……」
その話をされると恥ずかしくなる。
アンネにはよく相談に乗ってもらったものだ。
「なんだか感慨深いです。ああそうだ」
そっと耳打ちされる。
「私の贈り物、今日使っていただけます?」
「っ! ……よ、用意はしてる」
以前、結婚祝いでプレゼントをもらった。
大事に取ってあり、一応準備もしてある。
内心、本当に使うのだろうか、と思っていたりもするが。フィーベルの返答を聞いたアンネは満足そうな顔をする。
「よかった。ヴィラ様は使ってくれましたから」
「えっ」
「その話はまた後でしましょうか」
(……き、気になる)
一体アンネはヴィラにどんなランジェリーを送ったのか。それを着たヴィラはどんな気持ちになったのか。なんならエダン的にはどう思ったのか。色々気になることがありすぎる。だが後で、と言われてしまっては聞けない。
「フィーベル。結婚おめでとう」
「おめでとう」
「エダン様、イズミさん、ありがとうございます。エダン様はご結婚、おめでとうございます」
「ありがとう。色々大変だった……」
喜びよりもどっと疲れが出たような顔をされる。フィーベルがおろおろしながら労いの言葉をかけると、笑ってくれた。
聞いていたイズミは溜息をつく。
「魔法兵団の重鎮や仲間をほぼ招待したら大変ですよ」
「えっ!」
ということはかなりの数ではないだろうか。
エダンは今や側近として色んな人達との交流がある。ヴィラも隊長として、魔法兵としてたくさんの仕事をこなしている。となると、知り合いを招待しないわけにはいかないのだろう。名が知れ渡りすぎるのも困りものかもしれない。
「やぁフィー。やっとこの日が来て嬉しいよ」
「フィーベル。久しぶり」
「クライヴ殿下! ユナさんも!」
二人は仲良く腕を組んでいた。
クライヴがユナに愛情深い視線を送っているのはいつものことながら、ユナも結婚して余裕が生まれたのか、軽く流している。それでも顔に笑みはあり、クライヴを想っている様子が伺えた。
「お忙しいのにお二人にも来ていただけるなんて、嬉しいです」
「フィーとシェラルドの晴れ舞台だからね。僕が二人を引き合わせたようなものだし。最後までやっぱり見守りたいから」
「本当に……クライヴ殿下のおかげです」
「ユナと結ばれたのはフィーのおかげもあるよ。ありがとう」
ユナもありがとう、と言ってくれる。
フィーベルはにこやかに頷いた。
「エリノアもおめでとうと言っていたよ。本当は来たかったみたいだけど、公務があってね」
イントリック王国の第一王女エリノアも、今や公務を行う年齢になった。カイン王子とは変わらず文通を続け、最近では国に仕事で行くこともあるらしい。両国交流は順調で、二人は結婚するのではないかと話がもちきりだ。
「国に戻ってきたらぜひ顔を見せてあげて」
「はい。ぜひ」
成長したエリノアに会うのも楽しみだ。
きっともっと美しく成長しているだろう。
「マサキも来ればよかったんだけどね」
クライヴは小さい溜息をつく。
聞けば「良い人材がそんなに抜けては仕事にならない」という理由で来なかったようだ。理由がいかにもマサキらしい。クライヴは気を取り直し、にこっと笑みを見せてくれる。
「でも、『喜ばしいことだ』って言ってたよ」
「そう言っていただけて、嬉しいです」
フィーベルは微笑む。
クライヴのことで厳しいことを言ってくることはあったが、それはクライヴのことを思ってのこと。それにフィーベルがシェラルドの花嫁のフリをすることを、どこか心配していたようだ。そんな彼が喜ばしい、と言ってくれるのは、素直に嬉しい。
イントリックス王国でお世話になったガラクやアンダルシア、アルトダストでお世話になった人達にも招待状は送ったが、仕事の都合で来られなかったようだ。だが素敵な祝電を送ってくれた。また会いに行った時、礼を伝えるつもりだ。
互いの親族も揃い、式が始まる。
ベールを被ったフィーベルは、ベルガモットの腕に手を添えていた。そしてゆっくり、シェラルドが待つ場所まで歩いていく。ベルガモットと共に歩いていると、
「フィーベル。おめでとう」
「!」
優しい声色だった。
早くも、泣きそうになる。
「この場所を選んでくれてありがとう。フィオに会った大事な場所だ。二人が結ばれる場にいられることを、嬉しく思う」
フィーベルは小さく頷く。
何か発してしまったら、泣いてしまいそうだったからだ。側で見守ってくれている母も、優しい眼差しでいる。共に過ごした期間は、親子としてはおそらく短い。でも、濃い時間をこの国で過ごせた。だから、ジェラルドの元に行くことを決めた。嬉しいはずなのに、寂しい。だけど、この場で親子が揃ったのは、嬉しい。
色んな気持ちが、混ざり合う。
シェラルドの場所まで無事に着く。
フィーベルはシェラルドの腕に手を添える。
牧師が、口を開いた。
「新郎シェラルド。あなたはここにいるフィーベルを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
真っ直ぐで力強い声色が響く。
牧師がフィーベルを見た。
「新婦フィーベル。あなたはここにいるシェラルドを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
柔らかい芯のある声色が響く。
牧師が微笑む。
「では。指輪の交換を」
ジェラルドはリングピローを受け取る。
そこには二つの指輪が置かれていた。
結婚指輪は、新たに作ってもらった。デザインしてくれたのはシェラルドの姉、ルカだ。魔法はかけられていない普通の指輪。シンプルでいて以前とは少し違うデザイン。ルカは張り切って作ってくれた。
ベルガモットがシェラルドにあげた指輪(正確にはフィーベルに渡した指輪)も、大切に使用するつもりだ。できれば代々続く指輪になってほしいと思った。新たに指輪を作ることはすでにベルガモットに伝えており「いいんじゃないか」とあっさり了承してくれた。
まずシェラルドがフィーベルに指輪をはめる。次にフィーベルが、シェラルドの指にはめた。以前ルカからもらった指輪は、シェラルドにはめてあげることができなかった。あの時彼は「いつかできる」と言ってくれたが、本当に今日、実現する。
指輪の交換が終わると、次はベールアップだ。フィーベルが屈み、シェラルドがベールを上げてくれる。互いの顔が、よく見えた。目が合い、少しだけ照れてしまう。
シェラルドがフィーベルの肩に手を置き、そっと顔を近付ける。フィーベルは目を閉じ、唇を受け入れた。それを見た牧師が、優しく告げる。
「これより、二人が神の名の下で夫婦となったことを宣言します」
たくさんの歓声が上がる。
拍手がしばらく、鳴り響いた。
二人は見つめ合う。
「これからもよろしくお願いします。シェラルド様」
「ああ。こちらこそよろしく。フィーベル」
招待客に顔を見せようと、フィーベルは身体の向きを変える。すると急にシェラルドが、彼女の腰辺りを抱き抱えた。フィーベルは視点が高くなったことに驚く。
「!? シェラルド様?」
「絶対幸せにする」
シェラルドは嬉しそうに笑った。
今までで一番大きな笑みだった。
フィーベルも、まるで花が咲くような笑顔になる。
二人はそのまま唇を重ねた。もう一度、重ねた。周りに人がいても、はしゃぐ声が聞こえても。まるで今だけは、二人の世界なのだと言うように。
霧の魔法使いは、黒騎士の花嫁となった。
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