01:黒騎士との出会い

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01:黒騎士との出会い

 真夜中であるのに輝いて見えるプラチナの髪を振り回しながら少女は舞う。短く呪文を唱え魔法を繰り出し、その場にいた複数の男たちは一斉に倒れた。城の中とはいえここは空がよく見える外であり、しかも人気の少ない庭だ。寝ている者も多いこの時間に、あまり大きい音は立てられない。  今日もまたひっそりと仕事を終える。 「お疲れ様です。フィーベル様」 「アンネ」  ゆっくり微笑みながら来たのは、城のメイドをしているアンネ・ロディニアンだ。真っ直ぐの前髪は額に垂らし切り下げており、後髪は襟足辺りまで。ふんわりとした髪型は彼女自身のふんわりした雰囲気とよく合っている。 「今日も城へ侵入しようとした人がいたんですか」  アンネは呆れたように下を見る。  フィーベルの足元には数人の男が倒れていた。一人唸りながら立ち上がろうとするが、フィーベルは遠慮なく背中を足で踏みつける。すると「うっ」と声を出した後、また静かになった。  この国の王族が暮らす城に入りたがる理由なんて様々だ。恨みがある者、近付きたい者、恋心を抱いて来てしまう、なんて人もいる。だがそう簡単に入ることはできない。入るにはそれなりの地位がある者、許可をもらった者だけだ。 「そういえば、どうしてここに? もう仕事終わってるはずじゃ」  現在の時刻は日付を過ぎた真夜中。普通のメイドならすでに仕事も終わって寝ている時間だ。この時間に起きているのは警備をしている者だけのはず。それなのにアンネはきちんとメイド服を着ている。 「殿下から言伝があって来ました。明日の早朝、話したいことがあるそうです」 「え、朝?」  急な襲撃の対処が終わり、やっと眠れるだろうかと思っていた矢先だ。しかもアンネが言う「殿下」はこの国の第一王子。命令にはもちろん逆らえない。今から寝たとしてもせいぜい数時間の睡眠か。少しだけ溜息をついてしまう。  アンネが慌ててフォローをする。 「殿下は早朝を避けようとしてくれたんです。けど、マサキ様が……」 「ああ……」  半眼になりながら声が低くなる。  第一王子の傍に仕える文官、マサキ・サウズダスの顔を思い浮かべる。黄土色の長い髪は一つにまとめ、左肩に垂らしていおり、同じ色の細い瞳に小さい丸メガネをかけている。かなりの切れ者で優秀なのだが、頭が良すぎるせいか細かい性格の持ち主だ。  フィーベルを気に入らないのか、会えばいつも嫌味を言われる。まるで殿下の小姑のように。立場的にマサキが上なので、フィーベルは何も言えない。せめてもの反抗で睨むことはしている。  わざと早朝にしたのは嫌がらせだろうか。  あの男ならばやりかねない。 「急ぎの要件なのと、どうしてもその日は会議や仕事が多いらしくて。その時間しか空いてなかったみたいです」 「そう。分かった」  アンネは第一王子のお世話係の一人だ。そのため、このように王子やマサキに代わって色々と伝えてくれる。同性で歳も近い。人懐こくて愛嬌があるため、フィーベルも接しやすいと思っている。 「でもこんな時間に伝えるなんて……アンネも断ってよかったのに」  こんな真夜中で少女が一人出歩くのは、いくら城の中と言えど危ない。フィーベルは大体夜に仕事を行っている。昼間でもよかったのではないだろうか。それとも急に決まったことだったんだろうか。さすがに今日は別の人に言伝を頼むのが正解だと思うのだが。  心配も込めてそう言えば、なぜかいい笑顔をされる。 「問題ないです。割増で給料をいただくので」 「……そ、そう」  アンネは年頃の少女の中ではかなりの現実主義者だ。お金を貯めることを趣味としており、浮いた話も聞かない。第一王子のお世話係なんて夢心地になりそうな立場なのだが、そんなことはなく、てきぱきと仕事をこなしている。おそらくそういうところをメイド長が評価したのだろう。仕事も早く、王子からの信頼も厚い。そして仕事をしっかりする分、きっちり給料はもらうらしい。  片付けを終え、フィーベルはアンネと共に部屋に戻ろうとする。  真夜中なため、かなり静かだ。アンネはいつも早く寝るらしく、この時間の城が新鮮なのか、興味深そうに辺りをきょろきょろさせていた。 「フィーベル様はいつもこの時間に仕事をされてるんですか?」 「うん。昼間は他の人が警備してるし」 「魔法はどうですか。あれから分かったことあります?」 「うーん……」  思わず苦笑する。  特に進展はない、という返答みたいなものだ。  フィーベルは魔法が使える。  だがその魔法は「少し珍しい」ものだった。  魔法を使える国は今や多いものの、生まれ育った地域では魔法を使える者はいなかった。周りからは気味悪がられ、一人でも生きていける力を身につけて国を出た。そこでこの国の第一王子に会った。 『よかったら、僕の城で働かない?』  そうして居場所をくれた。  この国では魔法が使える人も多い。「魔法兵団」という組織もあり、その名の通り、魔法が使える人達で構成されている。フィーベルもその組織に属しており、魔法兵団の証である濃い緑の制服を着ている。ただ、珍しい魔法を持っていることもあり、公にはされていない。  フィーベルが魔法兵団として働いていることを知っているのは、この国の王族、マサキ、そしてアンネくらいなものだ。もちろん城の中にはフィーベルを知っている者もいる。ただ、「魔法兵団の人」としか認識されていないだろうが。  珍しい魔法を持っていることもあり、王子はあまり人目につかない仕事を与えてくれた。大体は城への侵入者への対処だ。真夜中であれば城の者と顔を合わせることもない。今まで人目を避けて生きていたため、城に来たばかりのフィーベルは人とコミュニケーションを取るのが下手だった。  侵入者はわりと老若男女問わず色んな人がおり、わざわざ戦闘をしなくても説得すれば帰ってくれる人もいる。人と話す練習にもなるのでは、と王子が提案してくれたのだ。おかげで今では人と話すことにも慣れてきた。  その間魔法のことを調べてもらったりしたが、未だに分からないことの方が多い。だが、ここで平穏に暮らせるだけで感謝だ。フィーベルは、一生王子に仕えようと決めていた。  角を曲がろうとすると人にぶつかる。 「「!」」  見れば黒い短髪で金色の瞳を持つ青年が目の前にいた。どことなく顔はむっとしており、こちらを睨んでいるようにも見えた。しかもこの国専用の濃い藍色の制服だ。彼が騎士団の人間であることは瞬時に判断できた。  この国では魔法兵団の他に、騎士団も存在する。  騎士団は剣で国を守り、魔法兵団は魔法で国を守る。それぞれ役割が多少異なるものの、この国のために働いている者同士であることに変わりはない。連携を取りながら仕事をしていることも多いようだ。  すると相手も制服に気付いたのか、言葉を続ける。 「魔法兵団……? なぜここに」  フィーベルはその場で飛び上がり、思わずアンネの後ろに隠れる。本来であれば警備は決まった人が決まった時間に行っている。大体は騎士団が警備をしている。魔法兵団がする警備は特殊なものが多い。だからフィーベルがここにいることに不審がったのだろう。  ちなみに隠れたのはもう一つ理由がある。  人と話すのはだいぶ慣れてきた。初対面の人に対してもだ。だが、騎士団はおろか、魔法兵団の人とは関わったことがない。それは自身の魔法に関係がある。魔法兵団や騎士団は組織であり、大勢の人が所属している。この魔法が知られたらあっという間に広がってしまう。フィーベルの魔法は分からないことが多いため、現時点で魔法兵団や騎士団に接触するのは避けるように、と、王子とマサキに言われたのだ。  それに、自分のことを正しく伝える自信もない。  あと、単純に目の前の騎士の顔が怖い。 「殿下からご命令をいただいておりました」  アンネが代わりに答えてくれる。 「この時間に?」  眉を寄せられた。命令と言えばすんなり納得してくれるかと思えば、そうでもないらしい。こんな時間に女性二人だけだからだろうか。  アンネは顔色を変えずにさらっと言う。 「ええ。不安であれば、殿下に直接確認いたしますか?」  フィーベルは感心した。  目の前の騎士は自分よりも背が高く威厳がある。そしておそらく年上であろう。そうであるのに全く怯まない。アンネのこの姿勢はぜひ見習いたい。  すると騎士は口元を緩めた。 「その必要はない。貴殿は殿下の世話役のアンネ殿だな。噂では誰に対しても堂々としていると聞いていたが、これほどとは」 「お褒めに預かり、光栄です」  アンネはにっこりと笑った。  どうやらアンネのことは知っていたようだ。  確かに第一王子のお世話係なら知っている人も多そうだ。 「で、そこ。なんで隠れてる」 「ひっ」  急に矛先が自分に来た。  顔を見せないようにアンネの背中に隠れていれば、助け舟を出してくれる。 「すみませんこの方は……少々初対面の方が苦手でして」 「魔法兵団に所属しているのにか。少し軟弱過ぎないか?」  ごもっともな意見で何も言えない。  本来ならばそれなりに試験を受けてなるものだ。かなり厳しいと聞く。フィーベルは王子に口添えしてもらって入った。それゆえ、試験を受けていない。かなり特殊なケースだろう。  だが相手はそれを知らない。 「挨拶くらいはちゃんとしろ。城で働く者同士、それくらいはしないと失礼だろう」  不意に肩に触れられそうになり、思わず叫ぶ。 「(ミスト)!」  次の瞬間、大量の霧がその場で広がった。  すぐにその霧は繭のように青年の身体全体を包み込む。「!?」と相手はしばらく暴れていたが、ぐるぐると動き続ける霧が捉えて離さない。しばらくすれば静かになり、霧が消える頃には気を失って倒れていた。  その様子を見てフィーベルは口をぱくぱくさせる。  まさか城の人に魔法を使ってしまうなんて。  アンネはあまり驚かずにそーっと彼をつつく。  全く起きない様子に逆に感心していた。 「騎士様の気を失わせるとは……さすがフィーベル様の魔法ですねぇ」  どこか面白がっている様子だった。  フィーベルからすればそれどころじゃない。  普段から城の者と接点はない。だから魔法を使うことだってない。これからもずっと関わることはないだろうと思っていただけに、非常事態の対処の仕方なんて分かるはずもない。  フィーベルはそっと相手の顔に近付き、耳元で呟く。 「ご、ごめんなさい」  そしてアンネの腕を掴み、走り出した。 「え、フィーベル様。逃げなくても」 「むしろあの状態でどうしろと……!?」  対処のしようもないのにあそこにずっといるわけにもいかない。いやそれよりも、明日もしこのことが王子の耳に届き、クビになったらどうしよう。今のフィーベルはそのことしか頭になかった。もうここ以外に行くところはない。自分を受け入れてくれる場所なんて、ここだけだ。  フィーベルは必死に祈る。  どうかあの青年が自分のことを忘れますように。そしてもう二度と会うことはありませんように、と。フィーベルはただただ、何度も祈った。
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