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急遽決まった引越は数日前の入籍によるものだった。中村大樹と私、真下美樹は付き合ってはいるものの、結婚はまだ先かなって考えてた。急遽決まった理由は何てことない、私に赤ちゃんができたからだった。小中学校で同じ学校に通っていた私たちは、男女の付き合いに発展するでもなく別々の高校に通った。
小さい頃から生まれ育った町は安心ではあったものの、ぬるま湯にひたっているようで居心地が悪かった。両親のやんわりとした反対を押し切り、友人と一緒に都内の大学に出て、それはもう大学生活を楽しんだ。バイトして講義を受けて彼氏をつくってデートして、それからあっという間に訪れる就職活動でキリキリして必死に面接を受けたのに、たった受かった一社が地元の出版社だった。
不服そうな顔して帰ってきた私を出迎える両親の顔は明るい。反抗期はとっくに過ぎ去ったというのに、家から通ったらと言う両親の言葉を無視して駅に近いマンションの一室で一人暮らしをするようになった。狭いし多少騒がしかったけれど、駅に近い魅力にはかなわない。一分一秒を争う朝の時間は貴重だったから、良い物件を紹介してくれた不動産会社には感謝してもしきれない。話を聞くと私のようなOLや学生は多いらしい。数年経ったらもっと良い部屋見つけるか、結婚が決まって引越しちゃうけどねと笑っていたけど、その時の私にはそんな話はひと欠片もなかった。就職の失敗と同時に、大学時代の彼氏とも別れたのだから本当にひどい有様だった。
「何これ」
引越しをするために狭い部屋にあるものを整理していると、一つの使い捨てカメラが出てきた。昔は使い捨てカメラを使って写真を撮っていたけど、今ではスマホが主流だ。データは保管できるし、無料で相手に送れる。印刷して部屋に飾るほどの写真は撮っていない。それに私は写真やカメラが嫌いだった。
「これって、中学生のときの?」
使い捨てカメラが出てきたのは、中学時代に授業で作った木の箱だった。ノコギリを使ったりヤスリでこすったり、ずいぶん大変な思いをして作った気がする。実家の自分の部屋ではなくこうして持ち歩いていること自体驚いていた。すっかりこの箱の存在を忘れてしまっていたからだ。
使い捨てカメラを手にするとふと思い浮かんだのは中学生時の日帰り旅行だ。一年生になったばかりの頃、全員で鎌倉まで電車で行った。まだ未来が何も分からなかった頃のことだ。
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