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「おーい。美樹ー!」
「大樹」
コンビニから出たところを恋人、いやすでに入籍をすませた夫に呼び止められた。私の手には現像したばかりの写真とフィルムが入っているビニール袋。私は自分が住んでいた部屋を出て、今は大樹の家で暮らしていた。引越といっても一つ隣の町に越すだけだから何てことない。代り映えのない日常がこれからも淡々と続いていくだけだ。
「今日はさ、お鍋しようって言ってたから、買い食いしてこなかったよ~」
「ビールは一本までだからね」
「やだー。二本飲む~」
ぶーたれてる夫にめっと叱るような視線を向けると、仕方ないな~日曜日は三本ですよと口を尖らせた。大樹は私が手にしているものに目を向けるとあれって顔をする。
「これって、あれ?放置してた使い捨てカメラの写真?今日だったの?」
「つい、さっきもらってきたところでーす」
私が包みを渡すと大樹は面白そうにごそごそとさぐって、一枚の写真を取り出した。二人の男女が一緒に写っている。一人は仏頂面した女の子。もう一人は不良もどきの男の子。不釣り合いな二人が写真の中に一緒にいる。
「真下さん。かわいい~」
中学生の頃のような口調の大樹に笑う。
「どこがよ!睨んでいて、私、めちゃくちゃ怖い顔してるじゃない」
「いやいや、今も昔も真下さんは俺のアイドル。俺のかわいい恋人。俺の素敵な奥さんですよ」
ありがとね、結婚してくれとへらっと笑う大樹に笑みをこぼす。
「ありがとうは私の方よ。大樹のおかげで私は人生、持ち直したもの」
都内の大学を出た私は当然のように都内で就職を決める予定だった。海外へ視野を向け英会話スクールにも通っていた。それが全てダメになった時、受け入れてくれた地元の出版社で私は少し腐ってた。何でも自分の思い通りにできると思っていたわけじゃない。都内で働く夢が破れてどうしても納得がいかなかった。こんな出版社は踏み台とまで考えていた私は相当嫌なヤツだ。
肩に力が入り目つきが険しくなっていた時に大樹に再会した。気まぐれに入った飲み屋でくだ巻いて、英語の勉強もいまだに続けていると話をすると、出版社に勤めてるんだから翻訳や英文の方に力を入れてはどうかとアドバイスしてくれた。それからは本を読む量が増え、気づいたら翻訳作家さんと親しくなった。記事を英文で書き和訳もできるから重宝されてる。もう少しがんばって通訳の仕事ができないかとも考え始めた。大樹と付き合い始めたのもこの頃。今の勤めている出版社同様、大樹のことも踏み台ぐらいに考えていた。本当にイヤな女だ。
「俺は、真下さんのヒーローになりたいからね」
「大樹は子供たちのヒーローじゃん」
この不良もどきが保育園で保育士をやっているのだ。まあ、ヒーローごっこでは必ず怪獣や悪役にされて、子共たちにやっつけられてるけど。おかげで日曜の朝や平日でも、子供たちに人気があるとかいうヒーローものの番組を見てる。子供のためっていうけれど、自分の趣味だろうと私は思っている。
写真を何枚か取り出すと、他にもクラスメートが写っている写真が出てきた。鎌倉での小旅行の時、てっきりカップルで散り散りになったと思っていた私の班の人は、私のことをずいぶん探してくれていた。はぐれたのは私が地図を見ながら、ずんずん歩いて行ったかららしい。勘違いに気がついた私は恥ずかしくなり、大樹は何だ真下さん大丈夫じゃんと笑ってくれた。その時、大樹も一緒になって班の人達と撮った写真がある。その後、大樹も自分の班の人達と合流して交流したみたい。私たちはそれ以来、同じクラスだというのに話すこともなくなった。もう遠い思い出だ。
「大樹、帰ろ。おなかすいちゃった」
「それじゃ、俺の奥さんの最高のお鍋を食べますか」
「材料切って入れるだけだから、簡単だよ」
「美樹がつくったってだけでサイコーなの」
大樹は写真をビニール袋に入れると私の手を握る。写真の仏頂面の女の子は、今は笑顔で元不良もどきの男の隣で笑ってる。多分、これからもずっと。
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