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あたり一面の暗闇。
黒いもやのようなものがたちこめ、すぐ目の前さえも見えないようなその場所に、ネヴェエスはいた。
紫の瞳は翳らない。
「ジェデ様ー」
間延びした声で、闇に向かって呼びかける。
しかし、反応はない。
「ジェーデーさーまー」
再度呼びかける。
しばらくして、まるで渋々といったていで、もやの一部が薄れていく。
あらわれたのは、幼い少女の姿をしたなにか。
顔の輪郭に沿うように生えた大きなつの。宵闇色の翼。長い尾。
ひざを抱えて丸くなるようにして、宙に浮かんでいる。
金色に輝く瞳が、咎めるようにネヴェエスを見た。
「なんの用じゃ、放蕩小僧のネヴェエス」
「おはようございます」
「かりそめの姿のままとはいい度胸じゃな」
「わざわざ変化しなおすの、面倒じゃないですか」
「怠惰じゃの」
「あなたに言われたくないですけど」
「儂の安息を邪魔しに来たからには、よっぽどの理由があるのだろうな」
「最近俺の大事なエルフの里に、異世界から来た人間というのが現れたんですよねー。あなたのせいでしょ」
「なぜ儂のせいだと」
「そういうのやらかすのだいたいあなたじゃないですか」
「なんという言い草」
「で?」
「うむ、まあ、儂じゃけど」
「なにしたんです?」
「ねこ、って知っておるか?」
「はあ。あー、ええと、なんかこう、もふもふしたやつ」
「うむ。異界にしかおらんまことにかわゆらしきいきものじゃ」
「はあ」
「それがのー、欲しかったのじゃ」
「手に入れたんですか?」
「失敗しての」
「で、その結果が」
「その人間じゃろなあ」
「男が少女になってましたよ」
「ねこをの、儂のうちで飼うには多少こう中身をいじらんといかんじゃろ」
「はあ」
「その人間にはなかなか悪いことをしたのう」
「そうですね」
「でもかわゆいじゃろ。たぶん。かわゆいものじゃなかったら持ってこられんはずじゃ」
「大雑把っすね」
「厳密にやると深刻なのじゃ」
「元の場所に返してこられないんですか?」
「返して欲しいのか?」
「実害がないなら俺は別にどっちでもいいですけど」
「じゃろ。異界に手ェつっこむのは結構骨が折れるのじゃ」
「つまり」
「それはおまえにやろう。好きにするがよい」
「丸投げ」
「おまえに譲ってやるのじゃ」
「せめて、俺のエルフに説明してくれませんか。あれは適当にかわいがればいい、世界崩壊の予兆だったりはしないって」
「嫌じゃよ。儂、ひきこもりじゃろ。見知らぬエルフと話などできん」
「えー。俺の楽しい田舎エルフの里生活をふわっと脅かしておいてその言い草」
「そんなもんおまえがテキトーに言いくるめろ。必要ならマインドコントロールでもすればよかろう」
「エルフですよ。難しいっす。魔術師いるし。領主の友人だからあんな田舎にいるけど、本来あんなとこにいるようなタマじゃないんすよあの魔術師」
「知らんのじゃ。儂はもう寝るのじゃ」
「おい」
「おまえも大好きなエルフの里へ帰るがよい」
ジェデは虫でも追い払うようにしっしっと手をふり、黒いもやは再び彼女の姿を覆い隠してゆく。
「まったくもう」
ネヴェエスは大きくため息をついた。
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