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ドン
という大きな音で目をさました。
なにがあったのだろう?
ベッドから出て、窓の外を見てみる。
特になにか変わった様子はない、気がする。裏側だからわからないだけかも。
部屋のドアを開けて、屋敷の中の様子をうかがってみるけれど、あわてた様子は感じられなかった。
まあ、なにか問題があればエメさんが教えてくれるだろう。
それまでは余計なことはせずまた眠ることにした。
それから数時間もしないうちに、朝食の時間になる。
ぼくが食堂に入ったときにそこいたのは、ユークレルド閣下だけだった。
続いて、エメさんが給仕にやってくる。
「おはようございます」
「おはようございます」
やはりふたりとも、あわてた様子はない。
けれど、閣下がいつもよりちょっと早起きしたようで、いつもなら閣下よりも先にテーブルについているイレミレフさんがいないのはやはり気になる。
「あの、今朝、なにか大きな音がしましたよね?」
「はい」
「なにがあったのでしょうか?」
「星が落ちたのだ」
と、ユークレルド閣下が言った。
「星? あ、隕石?」
「はい」
「ほんとですか?!」
「そのようです」
「だ、大丈夫なんですか?」
「はい。里からははなれたところに落ちたので、我々に被害はありません」
「そっか。よかったです」
隕石落下、運が悪ければあたって死ぬものな。
このあたりは、よく隕石が落ちるのだろうか?
「ぼく、隕石がこんな近くに落ちたの初めてです」
「興味があるか? うまくいけば午後には見せてもらえると思うぞ。今、イレミレフとネヴェエスが回収しに行っているからな。楽しみだ」
つまり、ユークレルド閣下も隕石に興味があるようだ。
イレミレフさんはいないのはそのせいなのか。
しかし──
「ふたりで、ですか?」
「はい。イレミレフが様子を確認しに行くため準備をしていたところ、ネヴェエスが珍しく、ひとりで行くのは怖いと言ってあらわれたので」
「怖いんですか? ネヴェエス医師が?」
「星が落ちると17分の2くらいはロクなことがない、とかなんとかぼやいておりました」
「えー。なにがあったんだろう。今回もロクなことがなさそうなんでしょうか?」
「それは行ってみないとわからないそうです」
「そうですか。じゃあ、なんともないといいですね」
「まああいつらがそろっていれば大丈夫だろう。我々は、朝食にしよう」
道なき道をゆく。
草木をかきわけるようなこのルートが、目的地までの直線距離で一番近いルートだった。
もうすこしマシなルートを迂回する方法もあったが、今回はそちらをまわる意味が大してない。
ネヴェエスにもイレミレフにも、今のルートでも苦ではなかった。
妙な緊張感をおぼえるのは自分だけか。と、イレミレフは思った。
まさかネヴェエスとふたりの道行きになるとは。
今朝早く近くの森に落ちた隕石に、彼も興味を持つだろうとは思っていた。
しかしてっきり、彼とはどちらが先に確保するかの勝負になるかと思っていたので、用意をすませ出かけようとしていたところに彼があらわれたときは驚いた。
ひとりで行くのは怖い、と彼は言った。
それがどれほど本気かはわからなかったが、彼がそんな風に言うからにはこちらも否応がなしに緊張感が高まる。
星が落ちると17分の2はロクなことがないと言った。
これまで彼になにがあってその発言なのかはわからない。
だが、この緊張感はそれとは別だ。
彼は、ユークレルドが雇った名ばかりの医師。
今までは、彼とふたりだけになるようなことはなかった。
悪意があるとは思わないが、得体の知れない相手でもあることは間違いない。
彼がどんなつもりで、これからどうしたいのか、まったく見当がつかない。
怖い、などという言葉を額面どおりに受け取ったりはできなかった。
彼が、自分を同行者にした意味はなんだろうか。
真意は計り知れない。
「こうしてみると先生もやっぱりエルフなんだな」
ネヴェエスはそう言って笑った。
少年めいた無邪気な笑顔だった。
また驚かされた。少年に近い容貌ながら、いつも老獪な表情を見せる彼らしくないのではないか。
「狩りが苦手と言ってもまったく動けないわけじゃない。あとそのいつもと違っていかつい格好もかわいい」
その言葉に、どう反応していいかわからない。
「俺を疑ってる?」
「正直に言えば、すこし」
「そうか。でも言ったとおりだよ。ひとりじゃちょっと怖い」
「それを素直に信じるのは簡単ではありませんね」
「まあな。でも俺、今までに17回星が落ちた場面に遭遇したんだ。だけどそのうち2回は、ただの隕石じゃなくてちょっと大変なめにあったんだよ」
「なにがあったんですか?」
「ほんとに興味があればぼちぼち話してやるよ」
興味はあった。けれどそれをどうとらえてよいのかはよくわからなかった。
「今回のやつが順当にただの隕石だったら、はんぶっこしよう。俺もほしいけど、先生もほしいだろ」
「もし、ただの隕石じゃなかったら?」
「そんときは、始末するのに力を貸してくれ」
ネヴェエスは、また笑った。
いつものように皮肉気な表情で、けれどもとても楽しそうだった。
ああ。たしかあの異世界から来た人間の若者が言っていた。
彼は我々が好きなのだ、と。
これはきっと、そういうことなのかもしれない。
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