二月十六日

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二月十六日

 前日の大量出血を受け、日曜日だったこともあり、犬の散歩はお義母さんに頼んで家族三人でお見舞いに出掛けた。  ここ数回は帰りに泣くことがなかった娘が昨日は泣いた。おばあちゃんが可哀想だと一時間も泣いていた。それでも母の前では一度も泣かなかったのは、偉かったと思う。  その日、母はこれまでにないほど反応が乏しかった。血液が足らないのだ。来たことを告げて理解しても、またスッと落ちるように眠ってしまう。暫く母の手を握ったりしていたが、会話をするような感じではなく、私は旦那と娘に先にコンビニで御飯を買ってくるように伝えた。交替で食事をしないとならないと考えたからで、二人は分かったと言って部屋を出ていった。  母と二人きりになっていくらもしないとき、母は何かをゴクリと飲み込んだ。そしてゴボゴボと喉がなる。例えると排水溝が詰まって落ちたいものとあげたいものが争っているような音に似ていた。  私はナースコールを押す。もちろん体を傾けるが、音がこれまでと違うことと、昨日の血の塊を思い出して慌てていた。本能的にこの音は良くないと感じていたのだと思う。  看護師数名が駆け付けた時、声を掛けられている母が苦しさのあまり白目を剥いたのを見てしまった。  これまで何度も出血を見ていたが、この時ばかりは母が気の毒すぎて涙が込み上げた。 なんとか吐き出された血液と塊、母は苦しそうに咳き込んで口の回りは血だらけだった。  病室にいても邪魔になるだけの私は看護師さんに「お願いします」と頭を下げて、部屋を出るしかなかった。  部屋を出たらコンビニ袋を下げた旦那と娘が心配そうな顔で佇んでいて「また出血したんだ」と言うが、私にはそれ以上何も口から出てこない。大丈夫だなんて嘘は吐けないし、母のことだからまた持ち直すのではないかとも思う。これまでで一番辛そうな姿を見てしまった私は、もう終わりにして良いんだと母に伝えたかった。頑張らないで欲しい。そう祈っても、母の心臓はタフでこの時も乗りきってしまった。
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