再会

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再会

 ふたりの再会は、ちょうど今から一年前。タケルが広告代理店の営業から独立して間もない頃だった。フリーのマーケティング・コンサルタントに需要があるのはわかっていた。実際、営業時代なかなか頼める人間がいなかったから、それなら自分がやろうというわけだ。公式SNSの「中の人」とか、ちょっとしたキャッチコピーを書いたりとか、元同僚から仕事を回してもらえれば生活していけるだけの収入はある。だから昔のバイト先からのヘルプ要請に応じたのは、言わば仕事のネタ探しみたいなものだった。居酒屋って人間観察にもってこいの場所だから。  あの日はたしか金曜で、誰々くんが受験票を忘れただの何々さんがインフルエンザだのとひときわ賑やかなテーブルに彼がいた。会計伝票を持って行ったとき、「タケちゃん」と懐かしいニックネームで呼ばれた。顔を上げるとスーツ姿の優男が赤い顔でへらへら笑っていた。 「タケちゃんだよね?覚えてる?僕のこと」  そう言って自分を見つめる垂れ目に心当たりがないでもなかったが、本当にそうだとしたらずいぶん垢抜けたもんだ。それにこんなに明るい奴だっけ?半信半疑確信の直感はしかし意外と当たった。 「もしかして丘恭平?二年の秋に引っ越して来た?」 「わ、すごい、よく覚えてるね!」 「やっぱりそうか。ってかそっちだって俺のこと覚えてたじゃん」 「いや、その剣術の流派みたいな名前は忘れないよ」  優男、もとい同級生の丘恭平はタケルの胸元を指して笑った。ああ、なるほど。それにしても居酒屋の店員ってどうしてみんなネームプレートをつけるんだろう。刀野井猛流と書いて「とうのい・たける」と読む。タケルだからタケちゃん。ついでに出身地まで書き添えてあれば、本人特定には十分だった。  丘恭平は中学の同級生で、ぽっちゃりでメガネで、クラスではどちらかといえば控えめな少年だった。大学進学とともに状況して、現在は大手進学予備校講師をしているという。社会科見学や英会話の授業でも目立つところのなかった彼が人前で授業をするなんて、人間変わるものだ。  会計後、恭平は同僚たちを見送ると一人でカウンターに移動し、結局、深夜営業のあいだ中、ホールと厨房を行き来するタケルと懐かしい話で盛り上がった。おまけに「タケちゃんもなんか飲む?」なんて常連みたいな真似するもんだから、本人はもちろんのこと、応じるがまま飲んだタケルまでほろ酔いの有様だった。まぁ詳細な経緯は省くが、アルコールも手伝ってか、ふにゃふにゃ甘ったれで一生懸命な恭平の立ち居振る舞いは、よく面倒見がよいと言われるタケルの性分に火をつけた。単純に、可愛かった。
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