冬の必需品

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冬の必需品

 タケルが発熱性インナーの偉大さを痛感するのは、なんといっても寒いベランダで洗濯物を干すときだ。もうこれなしには冬を越せる気がしない。ヒー〇テック万歳。そんなこと考えながら靴下の最後の一組をピンチハンガーに吊るす。在宅ワークの自分でさえこんなに寒いんだから、電車通勤の恭平はもっと寒いに違いない。おまけに受験シーズン本番ともなれば予備校講師も大忙しで、恭平は今朝も早くから「応援」に出かけていった。入試会場で予備校の旗振って何が応援なのかは不明だが、たしかにあの顔と声で「頑張ってこいよ!」なんて言われたら良い成績を残せる奴もいるかもしれない。  そんな可愛い恋人の洗濯物をタケルはもう一度、明かりにかざして透かし見た。やっぱり、何度見てもそこだけ生地が薄い。その円形の擦り切れは、身ごろの真ん中ほどにふたつ、水平に並んでいた。そりゃ毎日着るものだからある程度は仕方ないけど、そんな場所どうやったら傷む? 「恭平ー、インナーぼろっちくなってるから新しいの注文するけど黒でいーい?」  リビングに声をかけると、ワイシャツの下に着る用に白も欲しいと返ってきた。今夜も彼は帰宅するなりコタツに直行し、今は遅い夕飯の真っ最中だった。 「タケちゃん、ごめんね、洗濯もごはんも。ありがと」 「いいよ、俺は平日ずっと家にいるんだから」 「でも、してもらってばっかで悪いよぉ」  恭平は仔犬みたいな茶色い瞳を潤ませ言った。一日中、受験生のピリピリムードに晒された彼は、すでに二本目の缶チューハイを開けぼんやりと気だるげだ。 「そう?じゃあ、そこまで言うなら、恭平、今晩久しぶりにどう?」  しかし、冗談めかしたお誘いの答えは当然ノー。最近ずっとこうだ。恭平はあからさまに慌てふためくと、「明日は国立大の前期試験だから」とセックス拒否の理由を述べた。 「そっか、残念。じゃあスケベな保健体育の恭平先生でも妄想してひとり寂しくオナニーするかな」 「それ名誉棄損だよ、タケちゃん……。だいたい予備校に保健体育とかないし。お詫びに洗いものするね」 「いいって、大丈夫大丈夫。それ飲んだらシャワー浴びて早く寝な。試験ってことは明日も早いんでしょ、丘先生?」 「うん、ありがと……」  その心底申し訳なさそうな表情が嘘じゃないのはタケルだって知っている。とはいえ恋人に拒否されるのはなかなかにショックなもので、皿洗いが終わってももやもやと居心地が悪かった。
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