してほしいこと

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 どこの居酒屋にも一人はいるテキパキハキハキした店員。それがタケちゃんだった。一目見てすぐ気がついた。昔から、明るくて誰からも好かれて、目立つグループと対等につるむのに根暗で友達もいない恭平にも分け隔てなく接してくれた数少ない同級生の一人だった。あんなふうになれたら、と内心あこがれていたのは秘密だ。そんな彼が成人してなお飲み屋で働いている理由も、事情を聞けばすぐ腑に落ちた。きっとさぞ円満に、それも惜しまれながら卒業したんだろうな。そうじゃなきゃフリーになった途端、ピンチヒッターに呼ばれたりしない。  相変わらず店で好かれている証拠に、タケちゃんは今朝も賄いのタッパー容器をたくさん抱えて帰ってきた。団体予約で作りすぎたらしい。さすがに鍋の賄いなんて無理やりすぎて笑ってしまったけど、おかげで夕食のテーブルが豪華になったのだから感謝しないといけない。コタツにカセットコンロを出して、もちろんお酒も少し。ちょっと前に話題になった映画のネット配信が始まったというので途中からはそれも見ながら。 そんなのんびりした時間はこのうえなく幸せだ。  会話のほとんどは、恭平が受け持つ生徒の進路だとか、タケちゃんが悩み中のキャッチコピー案件とか、あとはもっと他愛ない近所のタピオカ屋ランキングだったりした。要するにほろ酔いでいい雰囲気だったのだ。セックスになだれこむのが約束みたいな。けれど今日は違っていた。タケちゃんはいつも通りの手際のよさで卓上を片づけると、恭平のおでこにひとつキスをして言った。「久々に明け方までシフト入ったら疲れちゃった。だから恭平、今日、ごめん」と。 「えっ」 「明日の朝の雑炊を楽しみにしててくれ」 「え、あ、うん……」 「どした?雑炊よりうどんがいい?」 「ううんっ、おじや大好き!それに、僕も、ちょうど明日、会議だったから。そしたら、おやすみ……」 「うん、おやすみ」  どうせ今夜もいい加減な理由をつけてエッチを断る気でいたら先制パンチを食らってしまった。渡りに船とでもいうべき申し出のはずが胸がきゅうっと締めつけられてたまらなかった。もしかして、いよいよ愛想をつかされたのだろうか。  そんな不安を忘れるために、結局、今夜も布団にもぐりノートパソコンにイヤホンを挿す。検索ワードはもうそらでも打てる。「nipple torture」。過激な乳首責め。ちょうどその手のマニアに人気が高い海外レーベルの新作が上がっていた。ワンクリックで決済、即ダウンロード、再生。液晶の奥では碧眼の青年が寝台に拘束され準備万端だった。 「んっ……は……」 (泣いてもダメ。恭平が悪い子だからお仕置きしてるんだよ)  彼には自身を、そして肘から先しか映らない竿役にはタケルを重ねて肌着に指を這わせると、待ちわびた快感が全身を包んだ。 「やぁ、やだぁ、おしおき、こあいよぉ……!」 イヤホンから響く青年の呻き声にあわせて、ひたすら乳首をこよる。布地の摩擦がカサブタを裂いて、すぐに薄い血汁が滲んだ。 「いっ、ひぃっ、いだいっ、やらっ、ちゅうしゃ、いやぁ……!」 (ああ、ほら、いい子にしてないからズレちゃった) 「ごめ、なさいっ、いい子にするからぁっ……タケちゃんっ……」  今にも本物のタケルがブランケットをめくり、いやらしい遊びに耽る恭平に本物のお仕置きをしてくれる。そんな歪んだ妄想に沈んで精を吐き、今日も自己嫌悪のなか眠りについた。
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