言葉が通じなくても

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その後、柚子はアズールスに支えられるようにして屋敷に戻った。 老婆に事情を説明するのに、先に少女が屋敷に戻っていたようで、二人が屋敷に戻ると、丁度、少女が老婆に怒られているところに戻ってきてしまったようだった。 アズールスが少女と一緒に老婆に説明している間に、柚子は自室に戻る事にした。 自室は出掛ける直前の状態であった。 柚子がベッドから広げたままになっていた絵本を退かしていると、老婆が熱い湯を持ってやってきた。ついでに夕食はどうするかと身振り手振りで聞いてきたので、柚子は要らない事を身振り手振りで返したのだった。 柚子は身体を清めると、寝巻きに着替えた。 柚子はベッドの上に乗ると、膝を抱えて丸くなる。 (なんで、こんな目にばかり遭うんだろう) この世界に来てから、怖い目に遭ってばかりだった。 (早く元の世界に帰りたい。帰りたいよ……) そうして、柚子は静かに泣き出したのだった。 柚子が泣き止んだ頃には、いつの間にか、空は真っ暗になっていた。 燭台を灯していない室内は暗闇に包まれていたが、柚子は火を点ける気にはならなかった。 そのまま膝を抱えていると、不意に部屋の扉が開く。 柚子はそっと顔を上げた。顔を上げた時に、柚子の両目からは涙が溢れた。 ぼうっと灯る燭台を片手に持ちながら入ってきたのは、アズールスであった。 蝋燭の灯りに照らされた顔は、心配そうに柚子を見つめていたのだった。 アズールスは柚子が座っているベッドにやってくると、ベッドサイドにある部屋の燭台に火を灯した。 室内がますます明るくなり、柚子の顔がはっきりと見えるようになったからだろうか。 柚子の顔を見たアズールスは、柚子が泣いている事に気づいたようで息を飲んでいた。 アズールスは持っていた燭台を部屋の燭台の隣に置くと、ベッドに上がった。 ギシギシと音をさせながら、ゆっくりと柚子に近いてきたのだった。 アズールスとの距離がだんだん近くなってきた柚子は、緊張から俯いた。 しかし、アズールスは柚子の正面に来ると、俯いた顔をそっと持ち上げた。 そして、柚子の目尻に溜まっていた涙にそっと口づけると吸い取ったのだった。 柚子は驚きで目を見開く。 アズールスは柚子の両方の目尻に、小鳥が啄むように優しく口づけると、一度、身体を離した。 燭台からの光を受けた青色の瞳は、心配そうに、けれども優しく、柚子を見つめていたのだった。 (綺麗。アズールスさんの目、何度見ても綺麗……) すると、今度はその口づけを柚子の唇に落としてくる。 柚子の両肩を軽く支えながらも、アズールスは深く口づけてきたのだった。 (嫌なのに、嫌じゃない……) まだ最初の夜の事を忘れたわけではない。 けれども、ここ数日、アズールスと一緒に暮らしてみて、アズールスが悪い人ではない事に気付き始めていたのだった。 考えている内に、柚子はアズールスによって後ろに押し倒される。 倒れる時に一瞬だけ唇が離れるが、それでも、アズールスが口づけを止める事は無かった。 アズールスは柚子の身体の上に重なると、また口づけを再開する。 (言葉が通じるようになったら、聞いてみたい) 最初の夜の事や、柚子がどうやってこの世界に来たのか。 ーーそして、何故、こんなにも優しくしてくれるのかを。 また、アズールスは唇を離した。 いつの間にか、アズールスの青い瞳には熱っぽさが増していた。 柚子も同じ様に、アズールスを見ていたのだろうか。 アズールスは柚子の左頬を優しく撫でると、 また口づけを落とす。 今度はこれまでよりも、深くて長い口づけであった。 (アズールスさんの事を、もっとよく知りたい) 明日からは、この世界やこの世界の言葉についてもっとよく知ろう。 柚子はそう決意を新たにしたのだった。
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