45人が本棚に入れています
本棚に追加
/250ページ
声をなくした少女
秋の出来事だった。誰かの葬儀が終わったのか…
松高家の葬儀であった。松高鈴子は34歳の若さで生涯を終えた。
深刻な表情の参列者は帰り、何やら大人同士で言い合っているようだ。
夫で喪主の松高輝彦と、鈴子の母である正子が残された鈴子の娘の苗を自分が引き取りたいと主張し合っていた。
松高輝彦は会社が起動に乗り、取引先も増え続けていてなかなか帰って来られない。
正子はもう家政婦と隠居生活のため、苗と一緒にいられる時間が十分にあった。
「お義母さん、わたしは妻の鈴子を失ったんです。苗まで失いたくはありません」
「では、輝彦さん。あなたは苗ちゃんの側に毎日いてあげられるのですか?あなたに鈴子のような母親としての務めができますか?」
それには輝彦も言い返せなかった。苗はまだ小学6年生。思春期を迎える難しい年頃だ。女の子が精神的にも肉体的にも成長する過程で父親である輝彦がどのような対処ができるのか……
生理の時の相談や、ブラジャーを一緒に買いに行くのは母親でないとできない。
火葬される直前に、苗が
「だめー!お母さんを焼かないでー!お母さんは寝てるだけよー!」
と泣きながら棺を離さなかった。
「苗、お母さんは天国に行くんだよ」
輝彦に諭されて苗は涙が止まらないまま棺を離したのだ。
最初のコメントを投稿しよう!