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目を覚ますと霧は晴れていた。青々とした空が広がり人々が行き交い、喧騒が四方八方から沸き上がる。
ここはどこだと、ジャックは辺りを見渡すが半ば答えは出していた。ゆっくりと、歩き始め街の外を目指した。
逆転していた。町の中ではなく、街の外に霧が広がっている。空はどこまでも広がっているというのに、門の先は濃い霧で満たされている。それなのに、人々はそんなものがないかのように馬車を走らせ霧の中へと入ったり、現れたりしている。
この先には進めない。進んだら最後、もう戻れないだろう。
不確かだが、妙に確信を持った直感。引き返し、ジャックは再び街の奥へと歩き始めた。
この街は、ホールクロックだった。ただ、妙に流行が古い。機械の発達により急加速する社会、たった数年でも流行は大きく変わってくるがこの街は一つも二つも古く感じる。
「ここは……過去。なのかな」
不安な気持ちを言葉と共に吐き出す。過去に閉じ込められた。なぜだろう。あの少女は? どこに向かえば?
とりあえず、中央の広場に来たジャックはレンガ造りのその建物に見下ろされて、少しだけ安心感を抱いた。
街の象徴。衰退した彼の時代においても活動を辞めず、決まった時刻には休むことなく金を鳴らす時計塔。しかし、見上げたそれは違和感を通り越してしまうほど速い速度で秒針を回していた。
「君、あの時計塔が気になるかね?」
声を掛けられ思わず振り返ってしまう。ジャックは無意識のうちにここの住人に人形のようながらんどうを感じていた。だから、声を掛けられたことに驚いてしまう。
しかし、その人物は他の住人とは違った。白髪をオールバックにした初老の男。そのオレンジの目は、しっかりとジャックを移している。
――同じ時間に生きている。
ジャックはそう感じた。周りの人々は加速した時間の中にいるようだった。しかし、この目の前の男ときたら落ち着いて表情で、ジャックを見つめて立ち止まっている。
「ここは、ホールクロックですか?」
信頼には程遠いが頼ることの出来る人物。ジャックは、膨らむ疑問の中からハッキリと言葉に出来る問を口に出す。すると。男は微笑むと同時について来いというように背を向けて歩き始めた。
男の三歩後ろでジャックはついて行く。大きいその背中は、不可思議な物語を紡ぎ始めた。
「この世界は、我が町ホールクロックの夢だよ。我々は、この夢に囚われている元住人だ。そして、君も囚われてしまった」
「出る方法はあるんですか?」
「この世界のどこかに夢の主人がいるはずだ。これは、誰かが見ている夢なのだからな。そいつをたたき起こせばいいのだろう。私は、ずっとそれを探している」
「何年くらいここに?」
「何度も言うがここは夢の中だ。夢の中で何分経ったなんか気にするか? ここは、悠長な世界だ。時間などないに等しい。時計の街などと呼ばれていたというのに」
悼むようにつぶやいた男はある石造りの家の前に立ち止まった。
「君のように、急に夢に囚われてしまう人物は多くはない。一人紹介させてもらおう、私よりも彼女の方が案内には向いているはずだ。現実世界のこの街の現状を知っているのだからな」
ドアをノックして数秒。返事もなしに、急にその重そうなドアはゆっくりと開き始めた。
「なにようかな?」
その女性は面倒くさそうに言葉を放つ、そしてジャックを見るや否や家から飛び出して彼を抱きしめた。ジャックも一瞬で気づいた。でも、信じられなかった。体を伝うその確かなぬくもりの中でも信じられずにいる。
「……来てしまったのね。ジャック」
「――お母さん?」
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