その愛は霧と街の夢

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 栄光と時計の街ホールクロック。この街はなぜ衰退の道を進んだのか。それはやはり急に街を覆い始めた濃い霧にあるのだろうが、この街に住んでいた者の中には別の回答を出す者もいる。 『殺人鬼の登場だ。奴が登場したあたりから霧が発生しだした。霧によって生活が困難になり、殺人鬼に怯える日常が始まった。俺たちは、街を出ていくしかなくなったんだ。殺人鬼が俺らを追い出したんだ。あの、栄光の街から』  ホールクロックの殺人鬼。その実態は不明だ。霧の濃い日に無差別の暗殺を行う。ナイフを使った殺人が主だった怪奇のような事件。 「私はね、急に発生した霧の調査のためにこの街に来たの。私が来た頃には人口は三分の一ほどいなくなっていたわ。霧についての、調査が一向に進まない中で私の興味は殺人鬼の方に向かった」  椅子に座り机を間に置いて母と向かい合い話をする。町について話す母はいつも通り落ち着いて今もホールクロックにいるというのに、懐かしむようだった。  まだ、ジャックはこの夢を信じられていない。 「調査は中断。殺人鬼に怯えた調査員たちは街から離れたの。でも、私はこの街を気に入っていたの。そして、調査の中で一人の男に恋をしていた。……あなたのお父さんよ」  照れるように、うつ向いた母だがすぐに表情は曇る。これも変わらない。ジャックは父親について知ることはこのホールクロックに残る選択をし、そのまま行方不明になったことくらいだ。  何故か、母は自身の夫についての記憶がないのだ。ないというより、砂漠の砂のように、救い上げると零れ落ちていく、形にならない。  母はそれが怖かった。恐れていた。だから、父の話は禁句だった。 「まぁ、貴方を連れて街を離れ。もう一度調査のためにこの街を訪れた時よ。急に濃くなった霧の中で、私は時計塔の鐘の音を聞いたの。そしたら、急に女のお子が目の前に現れて……気づけばここにいた」 「……っ! 僕もそれだ。女の子。えっと、小さくて髪はボサボサで、藍色の布を外套に身を包んでいた」 「えぇ、その子。私が見たのもその子であってる」  急に僕らの話を部屋の隅で聞いていた白髪の男が、興味深そうに近づいてきた。 「その子の目は……緑色じゃなかったか? 少し濁ったような」 「いや、暗くて顔は良く見えなかった。でも……笑っていたのは見えた」 「同じく……なに? 貴方はその子を知ってるの?」  男は、少し迷った表情を見せたが「場所が場所だ。言っても罰は下りないだろう」と呟き、ため息を一つ。 「この街に衰退の霧が訪れる二年ほど前だ。私は、一人の少女を拾ったのだ。独身だった私は、家族に憧れがあってな。その子は、ともに捨てられていた藍色の布を手放すことを嫌がり、いつも身に着けていたんだ」 「その子は結局どうなったんですか? この夢の中に?」 「いや、彼女は出会いった一年後に死んだ。人攫いにあい、抵抗でもしたのだろうか。見るも無残な姿で見つかったのだ。だから、やはり。彼女ではないのかもしれない」  どこか、懺悔するように男は語った。どうやら、少女を一人にさせてしまったこと、そもそも拾ってしまったこと自体に罪を感じているのだろう。ジャックは深く頷きその話を聞き終える。 「でも、その子じゃないにしてもここから出るには少女を探すことが唯一の手掛かりかもしれない」  そう言ったもののジャックはそれを行うことにためらいを感じていた。そっと、母親の方を向く。温かい笑みで彼女は頷いてくれた。 「そうね。でも、私は長いことここにいるけど、その子を見たのはここに来る時だけだったわ」 「私も、この夢の世界の隅々まで歩き渡った。それ故にここを夢と判断したのだ。しかし、その少女に出会ったことはないな」
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