その愛は霧と街の夢

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 ジャックは貧民街の子供の中では裕福なほうだった。手先が器用で機械に関しては覚えの早い彼は今の時代では仕事がある。この、掃きだめのような場所から抜けだすことも可能なのだが、彼には植物状態の母親が一人病院の中で眠っていた。  ジャックの母親は、ずっと一つの謎を追っていた。たった数年の間に衰退の道をたどった霧と衰退の街ホールクロック。彼女が想い人と出会った場所であり、ジャックの生まれ故郷。行方不明のまま発見されないジャックの父親。  母はある日、異常な霧の発生の調査に参加し意識不明で帰還した。あの町で何があったのか、意識を無くしたのは母だけだった。参加したボニー・シャージャスによれば、一寸先も見えない霧に包まれ一歩も動けなくなった間に彼女はいなくなり、発見したものの外傷がないというのに、目を覚まさなくなっていたという。  そういうことで、ジャックは働かなければならなかった。母は元学者だ、土地の歴史に強くホールクロックを訪れたのも、あの土地の特殊性に引かれたと聞かされていた。その特殊性については聞き及んではなかったが。  そんな日々が数年は続いたある日。ジャックは医者を半殺しにしていた。理由は完結、母の回復が見込めず、流行病により病室から立ち凌ぎを宣告されたからだ。母は立てないというのに。  ジャックは今まで最善を尽くしてくれた医者に感謝の言葉を述べるわけもなく暴力を与えた。それなのに、その医師は最後まではジャックに謝罪の言葉を紡ぎ続けた。  ジャックの住処は仕事先の工房を営む夫婦の家。その屋根裏へと移った。母の安全が大切だった。夫婦は快く迎え入れてくれたが、ジャックは申し訳なさで押しつぶされそうになっていた。  それから、一年もしないある日、今度は宿主であり仕事先の責任者である夫のルカ・リドルを血まみれになるまでジャックは暴力を浴びせていた。  それは、夏の日だった。家の中に腐臭を感じていた夫婦は流行病の原因とされる鼠の死体があるのではと考え業者を呼んだ。しかし、数時間後その業者は協会の聖職者へと変わっていた。腐臭の原因は、ジャックの母親だった。  病院では栄養補給や十分な設備で生命活動を続けさせることが出来ていたが、知識のないジャックにそれを継続させることはできなかったのだ。  夫婦は死体回収させてすぐに処分を行った。ジャックはまだ、仕事中だった。帰って死体を放置していたことを咎められたジャックは我を失い、「母さん、母さん」と嘆きながら暴れ始める。  この騒動により、ジャックは母親・生きる意味・寝処・仕事。何もかもを失ってしまったのだった。
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