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「お客さん、今日はどちらに」
呼んでもないタクシーは、ちょうどいいタイミングで、私を待つように外に止まってくれていた。静かに乗り込むと、低い声で運転手は行き先を聞く。
その声に吸われるように。無意識にも似た浮遊感でその人の名前を吐いてしまっていた。
「篠崎マサミ……」
「あいよ」
タクシーは動き始める。こうなるともう止まらない。普通の速度で進んでいるようなのに、なぜか加速してく背景達。この光景を見るのは二回目だ。今日は、どれくらい時間がかかるだろうか。
「篠崎さんはどういうお方だったんですか?」
「あまり知りません。ウチの親戚で八年間くらい姉を引き取ってもらっていました。夫婦ともに姉に……暴力とか、体罰をしていたみたいです」
「じゃあ、ついでに旦那さんのところにも?」
「いえ、その必要はありません」
そう、その必要はなくなったのだ。旦那の方、篠崎ケンは一昨日死んだのだ。嫁の、篠崎マサミに殺された。そのせいで、私は知ってしまったんだ。お姉ちゃん、ユフカがあの家でどんな、生活を送っていたのか。
さっきまで、あの家での生活をフユカから聞いていた。どれだけ悔しかったか、どれだけ苦しかったか。
ドンッ、とタクシーが何かにぶつかり、急ブレーキをかける。
「もう、着いたんですか?」
「それだけ、死に近かったのですよ。それでは、帰宅しましょう」
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