所詮、僕らは野狗子に喰われたのだから

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 次の日。ゆっくりと学校の準備を進める僕に母が「外で友達が待ってるよ」と不思議そうな声で言ってきた。  この地域で僕の通う高校に行った人はいないし、そもそも一番山側の僕の家前で誰かが、待ってくれたことなんてない。友達の家の前で待つのはいつだって僕の役目だった。  だから、早起きが習慣になっていたし、かなり高校から離れているのに教室に着くのは上位に食い込むほど早い僕だ。それなのに。  とりあえず困惑している母に、ゆっくりと準備をしながら説明していると「そういうことなら待たせたらいかんでしょ!! 女の子なんよ」とせかされたしまった。  外に出ると、携帯をいじっている狗巻がいた。春終わりの涼しげな朝には彼女のどこか和紙のようなぼやけた淡さが似合っていた。でも、紅葉の秋や、雪降る冬にも合いそうだと思う。 「ごめん、待たせてみたいで」 「ううん、何も言わず来ちゃってごめんね。昨日連絡先聞くの忘れてたから」  そういうことで流れるように僕は彼女の連絡先を手にしてしまった。それだけで、彼女は自分とは違う生き物のように思えて、彼女に失望される日が怖くなる。  学校に向かう中で静かに、狗巻は「本当にごめんね」という言葉から入り、語りを始めた。それは、彼女の今までの話だった。  親の仕事の都合上引っ越しが多く、その行き先のほとんどが田舎。狭い世界で暮らしコミュニティができあがった場所に入るのは難しく、頑張ってもよそ者というレッテルは貼られ続ける。  孤立しないためにも誰か一人でも頼れる人を作っておけと両親に強くいわれているという。だから、彼女は今は多くの人に話しかけ頑張ってこのコミュニティに入ろうとしているのだという。 「ずる賢く生きなさいって、お母さんたちはいうの。そうじゃないと、大変なことになっちゃう」  そう、狗巻は悲しげにいった。  僕がずっと感じているように、他の人たちも狗巻に不思議な印象を抱いているのかもしれない。自分たちと違うというのは、この閉鎖された空間の中ではどうしても浮いてしまうし、彼女のようなよそ者ならばなおさらだろう。  実は僕も転校生に対してはいい印象を持ってなかった。彼女の姿を見る前は、落ち着いていた学校が女子の転校生と聞いて少し騒ぎ始めて何か大きなことが起きるんじゃないかと。大きないじめとか、トラブルとかもないこの場所によからぬ風が吹くんじゃないかとそんな不安も抱えていた。  しかし、彼女に会い。その不安も少しは収まっている。それほど、彼女の薄い印象は、驚異としては写らず。時間がたてば、この場に馴染んでくれそうな安心感がある。最初っからいたような。それくらい、受け入れやすい。  もしそれが、彼女の言っているずる賢く生きるための立ち回りだとすれば、たいしたものだ。  それから夏休みまでの間。狗巻本当に最初っからいたかのようにこの場に馴染んでいった。浮かず沈まず。出ずぎず、引かず。  みんなが彼女の存在を気にかけなくなっていく中で、僕は逆に彼女に対するどうかした気持ちが膨らんでいった。強く惹かれていた。「ずる賢く生きる」という言葉もあるが、はやり彼女が僕よりも山奥に住んでいることが強いのかもしれない。  構内での狗巻との交流は殆どない。携帯での連絡も全くしないままだったが朝と帰りは一緒になのは続いた。なんだかんだ、僕は彼女に支えられている一面もあった。  いったとおり、この地域からのあの高校に行ったのは僕だけだ。そう、僕だって最初はよそ者だったんだ。狗巻とは違い賢さで立場を手にしたわけじゃない。最初っから君の席だといわんばかりに孤独の席が用意されていた。何もやらないから、何もするな。そんな、圧力がかかった居場所。いるようでいないような。何も考えなくていい、世界。  僕と似たようで異なる彼女。でも根は同じであり、帰り道も一緒。しかし、どこかそれだけじゃ気持ちがある。そのどうかした気持ちに僕は気づけない。
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