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プロローグ
『なあタクト』
──お前タクトっていうんだろ?
それが最初だった。隣に越してきたそいつは、いきなりそう話しかけてきた。越してきた家族と俺の家の親は昔の知人らしい。あらかじめあいつに年の近い俺について話してあったのだろう。
『なあタクト』
いつも毎日、必ず。家にいても幼稚園にいてもずっと。あいつは俺に常にそう話しかけ続ける。
最初はうっとうしくて仕方なかったけど、徐々に慣れてきて、いつの間にかあいつは俺の生活の一部にしみこんでいた。幼稚園が終わるといつもきまって家の前の公園で遊んだ。あいつのお気に入りはブランコ。二つ並んだブランコの右があいつで左が俺。よく立ちこぎしていたあいつを見上げていた気がする。
『なあタクト』
小学校に上がっても俺たちの関係は特に変わらなかった。あの頃はまだ俺のほうが背が高かったかな。
放課後はいつも俺の部屋にあいつが押し掛けてきた。……正直、俺もあいつが来るのをいつも心待ちにしていたけど、それを気づかれるのも癪なので、あいつが来ると決まって、また来たのかよ、なんて苦い顔をしていたものだ。その後はやっぱりいつもの公園。学年が上がるにつれ立ちこぎをすることはなくなったが、休憩するときはいつもブランコに腰掛けていた。
『なあ、タクト』
中学に入ると急にあいつは背が伸びた。背が抜かれるのはあっという間だった。よく、タクトお前なんか小さくなったな、なんてからかわれた。クラブは二人とも帰宅部。クラスが違っても放課後になったらよく馬鹿みたいに外が暗くなるまで例の公園で時間をつぶした。学ランをブランコにかけて、サッカーしたりキャッチボールしたり。学校では結局三年間同じクラスになることはなかったけど、なんだかんだお互い一人ぼっちになることはなかった。それぞれのクラスでそれぞれに新しく友達ができていた。それでも俺にとってあいつが一番だったし、あいつにとってもそうだ、俺はそう信じていた。
『なあ……』
同じ高校に入った。学ランは暑苦しいからブレザーの学校にしよう、なんてふざけた理由で選んだのはここだけの話。久しぶりに同じクラスになった。けれど浮かれていたのは最初ばかり。すぐに中学三年間が思っていたよりも長かったということを思い知った。あいつはクラスの人気者だった。誰とでも気兼ねなく、楽しげに話すあいつは俺が知っているあいつではなかった。いつも一緒だった、いつも俺にくっついていたあいつではなかった。数か月は中学と同じように一緒に下校していたけれど、俺の方から少し距離を置くようになってしまった。どうしても、俺と話しているときのあいつですら本当のあいつではない気がして仕方なかったんだ。
『……なあ、』
あいつも俺の内心を知ってか知らずか、最初のうちは俺に頻繁に話しかけてきていたが、すぐにそれも減っていった。きっとあいつには俺がいない方がいい、そう言い訳しながら、一人で帰宅し隣並んだ家を見て嘆くのだ。公園には一切近づかなくなった。二年三年は違うクラス。お互いの世界は完全に交わることはなくなった。結局進路について今までみたいに話し合うことはなかった。
『……』
大学は県外のを選んだ。あいつも友人もいない、完全なる新天地。新生活も難なくスタートし、新しい友人関係も良好だった。
でもさ、ときどき聞こえるんだ。『なあタクト』って、すぐ右側からさ。
なあ、おまえは一体どこにいるんだ。
なあ、俺の事はどう思っているんだ。
「……なあ、ショウゴ?」
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