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職場に電話をしよう。
サルなんかは手先が器用なので、人間たちも好んで使っていたというスマートフォンなんかを使っている。
けれどタヌキだとかアライグマだとかに、あれは向いていない。爪で画面を傷だらけにするのがオチだ。
俺たちにお似合いなのは、この床に置く電話機だ。大きな本体と大きな数字のボタンが、でん、と存在感を放っている。
人間たちの残したものに賢いサルたちが手を加えたもので、受話器というものがない。かけたい番号を押して待つだけで、スピーカーでいつものように会話ができる。
番号を覚えるのは苦手だけど、まぁそんなものは書き留めたりすればいいだけだ。 人間たちの使っていた頃よりもシンプルな番号にしてくれたのは、正直とてもありがたい。それでもたまに間違えるけども。
「1……9……1……1……6っと」
呼び出し音がけたたましくなる。いくら賢いサルたちにもこればかりは変えられなかったらしい。
そして相手が出るまでのこの時間は、何とも言いがたい。緊張とまでいかなくとも、何だかむず痒い。
「はい、もしもし。アライグマクリーニング」
それにこうして突然繋がるから、正直気絶しそうだ。
「従業員のキーヌです。えぇっと、リーダーはいますか?」
上司──名前が思い出せなかった。咄嗟にリーダーとか言っちゃったけど、いつもなんて呼んでいたっけな?
「おぉ、キーヌ君。話はジェットから聞いているよ。あの後も大分飲んだそうじゃないか?」
あぁ、偶然にも上司だったのか。助かった。
対面して話をしていてもアライグマの声はどうも区別がつかないのに、電話口となると尚更ちんぷんかんぷんだ。
「いやぁなに、馴れないお酒は二日酔いで辛いだろう。今日はゆっくり休みたまえ、うん。幸いにも今日は洗い物も少ないしな」
話が早くて助かるけど、今日は妙に上機嫌だなぁ。いつもなら親の毛繕いみたいにしつこく聞いてくるのに。
……そうか。昨日いろいろ食べられたり、お酒が飲めたからか。こんな機会は滅多にない、波風は立てない方がいいな。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてお休みさせていただきます。すみません、失礼します」
「はいはい、はーいお大事にー」
余計なことを言われない内に、電源ボタンを押す。ぷち、と通話が切れたことを確認して、ひとつ身体を伸ばした。
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