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「あーコホン……もしもし、もしもし。こちらフォクスターカンパニー。私は面接官のオードリーだ」
どうやら話がまとまったらしく、わざとらしい咳払いをしてからそう言った。
まずい。揉めていた割には相手は落ち着いた声だし、面接官って肩書きまで聞こえた。今さらだけど緊張してきた。
「お……わ、私は、タヌキのキーヌといいます。そのぅ、え、映画俳優が、夢なんです」
「ふむ。それでポスターを見て応募の電話をかけてきた、という事でしょうか?」
「は、はいっ!その通りで、よろしいです」
あぁもう、自分がなに言ってるんだかわからない!
隣にいるジェットは、何でか笑いを堪えたような顔しているだけだし!
「……ふむ。ひとつご質問したいのですが、芝居の経験は?」
芝居の経験?
いや、芝居をするためには俳優にならなきゃいけないんじゃないのかな。だから応募をした……つもりなんだけど。
「えっと……ない、です。だから──」
「映像を見て研究したり、地方の映像作成団体に加入したことは?」
──知らなかった。そんな事、思い付きもしなかった。
きっと彼の言うように、必死で勉強して、練習するのが当然なんだ。
俺はずっと、芝居っていうのは俳優になってからゆっくり学んでいくことなんだと思い込んでいた。
「……ない、です」
彼の言うことが普通なのだとしたら、俺はとんでもない事をした気がする。
うわ、恥ずかしい。顔から火が出そうだし、もう電話なんて止めて逃げ出したい。
「ふむ……君のような応募者は初めてだよ。しかしとにかく、一度面接をしてみましょう。
フォクスター本社の場所はおわかりですか?」
「は、はいっ」
「でしたらよろしければ、明日にでも。えぇと、確かキーヌさんでしたね。えーと、メモは──」
……辛いなぁ。もう努力不足だってわかっているのに、面接をしてくれるっていうのも。
だけどそれでも、最後の望みにはなる。うん、落ち込んでばかりじゃダメだ。やれることは全部やろう。そうすれば、きっと大丈夫。
「あぁ、あったあった。…………あれ? えーと、すみません。どちら様ですかね?」
「へ?」
「すみません、メモを取るために三歩歩いてしまいまして。申し訳ありませんが、どちら様でした?」
「…………き、キーヌです。俳優の面接をしたくて──」
全部、最初から説明することになった。
本当に大丈夫かな? 俺じゃなくて、この会社。というか、この面接官さん。
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