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時は移って数ヵ月後。いや、数日後だったかな。
日付感覚は薄いんだ。日が暮れるまでだとか、何回目の春だとかならまだわかるんだけど、昔の人間が考えた一ヶ月だとか一週間だとか、そういうあやふやなのはどうにも解りにくい。
──ともあれ、しばらくして。場所も職場から飲食店へ移り、社員が一同に会していた。
「えぇー、それではぁ。新入社員、キーヌ君の今後の活躍を願って……かんぱぁぁぁぁい!!!」
名目は俺の歓迎会。とはいえ、こいつらのやりたいことはただの酒盛りだ。
別に貶しているわけじゃない。俺らタヌキだって同じようなことをする。
何なら伝承にされて語り継がれている分、世間的には俺たちの方がそういうのが好きそうなイメージを持たれているかもしれない。
「こんなに沢山、よくあったなぁ」
「なんでも取り寄せたらしいよ。最近じゃ見かけなかったけど、やっぱ業者はルートがあるみたい」
ただ、出されているものがよくない。何処から持ってきたのか、人間たちの作っていたスナック菓子だとかドッグフードだとかだ。
何時のなのかすらわからない物ばかりで、とてもじゃないが食べる気がしない。
これなら痩せているドングリだとか、渋柿の方がマシってものだ。
だがこいつらはそれを嬉々として頬張っている。飢え死にしそうだったのかという程に一心不乱だ。
俺たちも食欲は強い方だ。だがこいつらのそれを見ていると、張り合う気すら起きない。
「どうしたんだ、キーヌ君。手が止まっているじゃないか。
ほら、今では貴重なドッグフードだぞ? スナック菓子もある、コンソメフレーバーだ」
「あー……ありがとうございます。でも俺、見ての通りちょっと減量中でして」
「そうかぁ……まぁ酒は呑めているようだしな。体調管理というのも大切だ。
そうとなれば、君の分は私が貰うとしよう」
こういう時、この毛量は説得力を生み出してくれる。
しかしこうやって軽く断ってみれば、それ見たことか。上司はあっという間に俺の分にも手を伸ばしてきた。五本の指を目一杯に広げて、文字通りに腕も指先も伸ばしているのだ。いくら上司だといえ、これが滑稽で仕方がない。
出された食べ物に手を伸ばす気にはなれなかったが、肴は尽きないので酒は美味しく呑めた。
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