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いけない。呑まされるまま呑みたいままで、ちょっとハイペースで呑みすぎた気がする。上司の顔はふにゃふにゃしているし、これが何杯目なのかも曖昧だ。
ただそれでも自分の言いたいことははっきりしている。
「ですからぁ……自分はタヌキなんすよぉ……アライグマたぁ、違うんっすよぉ……」
「なんだぁ? お前さっきからそればっかりだなぁ!
いいかぁ、タヌキってのはなぁ、もっともっともぉーっと東の国の、伝説の生き物なんだぞぉ?」
自分の言っていることはわかっても、この毛玉が何を言ってきているのかはわからない。
東ってなんだ? 太陽が沈んでいく方か? いや、海の方?
「タヌキは……タヌキはいるんですよぉ。俺が、俺がタヌキなんすよぉ!!
ほらぁ! 尻尾に縞模様はないし、毛はもっこもこだし……指も四本で、仕事での洗濯物も掴みにくいんっすからぁ!! そもそも顔の模様も違うじゃないっすかぁ!」
「わかった、わかった……お前が必死にそういうなら、そういうことにしておいてやるからなぁ。
洗濯物の担当が嫌なんだなぁ? 社長には掛け合ってみるからよぉ」
この毛玉がわかってない、何一つ理解されていないってことははっきりわかる。
あぁ、もどかしい。キャン! と一鳴きして黙らせてやりたい。
「だぁかぁらぁ! 俺はアライグマじゃなくて、タヌキなんですよぉ!!」
「わぁーったってぇの!
……ったく、悪酔いしてんなぁ。おい、ジェット。早いとこ、こいつを家に送ってやれ」
ジェット?! あのジェットか?! サインくれよぉ!
……いや、そうだ。ここには同名の先輩がいるんだった。いつも驚くけど、こうして酒が回っていると余計に驚く。
「でもまだ飲み会の途中ですよ? いいんすか?」
「主役がこうなら、そろそろお開きだしな。お前も送ったら帰っていいぞぉ」
「うぃーっす!」
俺の対応が面倒になってきた灰色の毛玉が毛玉の毛玉(つまり俺の毛玉)を呼び出し、俺を引っ張り出した。
止めろ、まだだ。まだこいつはわかっちゃいない。タヌキとアライグマの間に、川と海くらいの違いがあることをしっかり教えにゃならんのだ。
「キっ───キャァァアアン!!!」
「はいはい、タヌキなのはわかったから。また明日なぁ!」
渾身の一鳴きは虚しく響き、お開きの合図になっただけだった。
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