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そんなこんなで昨日からずっと連絡を取れずにいる。
怖かった。
一番傷つけたくない人を不本意に傷つけてしまったんじゃないかって、今までにないくらい、意味が分からなくなるくらい怯えた。 苦しかった。息をつく暇なんてなかった。ただでさえ睡眠不足なのに輪をかけて眠れなくなった。
自分に嘘をつくのは、こんなにも、辛いものなんだ。
すぐにでも思い違いなんかじゃないよって言ってしまいたかった。本当におんなじ気持ちなのかって、聞いてしまいたかった。でもなにかが邪魔をして、気がついたら現状維持の選択肢に手を伸ばしていた。
なにをしたらいいか分からなくて。でもなにかをせずにはいられなくて。とりあえず健一のメールを見返して、電子辞書で『自己欺瞞』の読み方と『偽製』の意味を調べた。
……そうだ。そうだった。健一は俺の考えを怖いくらいに熟知しているやつだった。あれが冗談じゃないことなんて、とっくに、見破っていたんだ。
あんなに怯えていたのに、気持ちが溢れそうになっていた。それを直接伝えたくなって、電話をかける。すぐに出たからきっと、いや絶対、俺の電話を待っていたんだ。
『も』
「健一」
『……なに』
「許して」
『許すもなにも』
「お願い」
『なにを願われてるのかさっぱり分からないな』
そうやって冷たく突き放されたとしても、受話器から聴こえる少し掠れた声が、鼻を啜る音が背中を押してくる。
安心してもいいんだろうか。
「もう一度、言うよ」
『なんだよ』
「俺は健一が好きです!」
受話器越しに大声で健一に想いを伝える。そうしたら健一はうるせーと言いながら笑った。
『俺もだよ』
健一は自分の意思で俺と一緒にいたいと言ってくれていたのに、俺は、想像の中の健一しか見ていなかった。健一の言葉を借りるならば、偽製の健一をつくりあげては勝手に怯んで勝手に落ち込んで。
俺はバカだなあ、と嬉しそうな健一の声を聞いてようやく理解する。
「健一」
『ん?』
「よくわかったよ」
『なにが』
「自己欺瞞は、犠牲になるより汚いって」
『……ああ。その通りだよ。バカ』
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