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寿司屋には歩いて向かった。その道中も、寿司を食い終わって夜風にでも当たろうかなんて言ってベンチに腰掛けていたときも、たわいない話で盛り上がった。
俺といるときの健一はどちらかというと聞き手にまわりがちで、俺から話題をふることが多い。でもその日は妙に、積極的だった。
だから、今なら言えるかもしれないって。言おう言おうと常日頃から機会を窺っていたことを初めて言葉にした。
俺の言葉を受けた健一は、いつからだと聞いてきた。……言われてみれば確かに、いつからだったんだろう。
俺は小さなときから誰かに認められるのが、跳びはねるほど嬉しかった。
だから健一が『慎二は他の誰よりも話しやすいよ』って言ってくれたときから既に……とは思ったけどそんな小っ恥ずかしいこと言えるはずもなくて、最もらしい理由を述べてやり過ごした。
健一はなんだか慌てたように、そして傷ついたように、でもほんの少しだけ嬉しそうに、戸惑っていた。
きっぱりと断られるんだと身構えていただけに嬉しかった。拒否されなかっただけで、希望が見えた気がした。もう少し踏み込んだ場所に行けるんだって。隣にいることが今以上楽しくなるんだって。
でもその希望はすぐ打ち砕かれた。
「お前がよければそれでいいよ」
お前が、よければ。
その言葉をゆっくりゆっくり、噛み砕く。 きっとこの言葉に味があるならば酷く苦いんだろうな、なんて突拍子もないことを考えながら。
その言葉は健一自身の意志ではないことの現れだと思った。
自分より相手を優先し、その相手がよしとした方向へ向かう。例えそれが望まない道だとしても。
健一はポーカーフェイスを装ってか、俺の顔をじっと見つめている。こういう姿でさえも可愛いと思ってる自分がいた。
息ができなかった。
「健一」
「ん?」
「さっきのは、なんでもない」
「は?」
「思い違いだった。そう。思い違い」
「……思い違い?」
「危なかった。健一を、巻き込むところだったよ」
俺はこれから先もずっと好きで居続けるだろう。だけど、いや好きだからこそ、お前を苦しませるわけにはいかないの。
面食らったように固まっていた健一は数秒経ってから、趣味の悪い冗談言うなよ、と言って席を立ちコンビニのトイレへ向かった。
その背中を見ていたら急に言ってしまったことの後悔が押し寄せてきた。この気持ちに終止符を打つことが出来たんだと自分に言い聞かせて、心を落ち着かせた。
そうやってゆっくりだけど落ち着きを取り戻していったのに、健一は戻ってこなかった。腹でも下したのかなどと思っていると、マナーモードにしておいたスマホが震えた。健一からのメールだった。直接伝えりゃいいのに、と思いながら開くと
『先に帰るわ』
短い言葉。だけど、俺を不安にさせるにはあまりに十分すぎる言葉だった。
そんなに、嫌だった?
どうして、どうしてと頭の中の健一に問いかけ続ける。すると俺の心を読んだのか、はたまた俺の思考を熟知しているからなのか、その答えはすぐに返ってきた。
『自己欺瞞は綺麗じゃない。偽製の俺を見るな』
なんて書いてあるんだよ、と思わず文句が口をついて出た。けれど、待ち望んだ言葉が返ってくることはなかった。
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