7362人が本棚に入れています
本棚に追加
「すいません、簡単な物ですけど」
ダイニングに向かい合うように座ると、課長はじっとテーブルに並べられた朝食を凝視したまま固まっている。
ご飯と豆腐のお味噌汁、それから卵焼きと胡瓜の浅漬けといういたってシンプルな献立だ。
あまりお気に召さないラインナップだったのだろうか…。あっ、もしかして…
「もしかして洋食派でした?」
私の好みで勝手に和食にしてしまったけど、パンとかベーコンの方が良かったんだろうか?いつも朝食どうしているのか、予め聞いておけば良かったと今更ながら反省。それか、何か嫌いなものが混じっていたのかな?色々な考えを巡らしていると
「いや、俺も和食の方が好きだ。ありがとう」
目を合わせてくれないが、そう言って手を合わせて「いただきます」と呟く課長がいた。うまい、と言いながら次々と口に運ぶ様子を見て、良かった…と胸を撫で下ろした。
こうしてご飯を食べる姿は初めて見る気がする。お茶碗を持つ手やお箸使いなど、細かい所作一つ一つがスマートで美しい。隙なんて見せない課長らしいと言えば課長らしいんだろうけど。
「今日なんだが、加藤のベッドを見に出かけようと思うんだが…他に見たいものはあるか?」
食後のお茶を飲みながら、課長が私に問う。一応必要最低限の物は揃っているから良いと思うんだけど……。
「出来たら、食器とか見てみたいです」
あまりにも食器の数が少なくて。本当はもう少しおかずを作りたいと思っていたんだけれども、今テーブルに登場しているお皿がこの家にあるすべてである。これだと夕飯を作っても乗せるお皿が足りない。
「じゃあ、まず最初に家具屋に行って、その後近くにある百貨店に寄ることにしようか」
「お願いします」
こうして今日の予定が確定した。課長と一緒にお買物…こんなイベントが私の人生に登場するなんて昨日までは考えもしなかった。
チラリと課長へ視線を移すと、いつも見るスーツ姿とは違いポロTシャツに細身のジーパンという装い。ビシッといつも固めている髪の毛は、今日はワックスで無造作に整えられていて冷徹、絶対零度とは思えない雰囲気だ。トレードマークのシルバーフレームの眼鏡は健在だけれども。
トクン…
今まで新聞へ視線を落としていた課長と不意に目が合う。しまった、流石にこれは見過ぎっ。私は慌てて視線を外して立ち上がった。
「あっ、あの。食器片付けてきますっ!」
思わずキッチンへと逃げ込んだ。今はどうしても課長と顔を合わせたくない。
だって、絶対に顔が赤いから…。
耳まで真っ赤だと見ていなくてもわかる。
はぁ…。本当やだ。
新聞を読んでいる課長に思わず見惚れていたなんて。絶対に知られたくない。
最初のコメントを投稿しよう!