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課長が連れてきてくれたのは、車で20分くらいの距離にある個人が経営している家具屋さんだった。都心にあるとは思えない、緑に囲まれた店舗。どこか隠れ家に来たような感覚になる。
店内には木の温もりが感じられ、それでいてシックな家具がいくつも並べられていた。
「おう、宗輔。久しぶりだな」
店の奥から現れたのは日に焼けた肌が眩しい、黒髪短髪の男性。どうやら課長とはお知り合いらしい。
「悪いな、陸。ちょっとベッドを探しているんだ」
陸さんはじゃあ、こっちに…と再び店の奥へと引き返して行った。私たちも後を追うように店内へ歩みを進める。
ソファーにダイニングテーブル、様々な家具が並べられているがどれも本当にスタイリッシュだ。課長の家の家具はすべてここで購入したものなんだろうとすぐに察しがつく。
店内をキョロキョロと見回していると、
「君が加藤あかりさん?」
前を行く陸さんがチラッと視線を送って来た。
「あっ、はい。加藤あかりと言います。よろしくお願いします」
「俺は守口陸。陸って呼んでよ。宗輔とは幼馴染みの悪友でね。あかりちゃんの話は良く聞いてたよ」
「えっ?私の話?!」
思わず顔が赤くなる私に、陸さんはいだすらっぽい笑みを浮かべた。余計なことは言わなくて良い、と眉間に皺を寄せて不機嫌そうな課長からすぐに横槍が入っていたけど。
「えっと…ベッドならこのあたりなんだが。宗輔の身長も加味するとキングがいいか?」
「ちょっ、あの、違います!シングルサイズでいいです!」
キングサイズのベッドを指差して私たちに向き直った陸さんの発言に、思わず食い気味に言葉を並べた。いや、なんかすごいこの人勘違いしている気が…。
「ん?お前ら付き合ってるんじゃないの?」
「違います!」
「まだだ」
陸さんは訳がわからないと切れ長の目をまん丸にして私たちを交互に見つめた。
いや、まぁそうだよね。私たちのこの状況が普通じゃないんだから。
「えーっと…。とりあえず宗輔は後日事情聴取で」
若干やばいことを口走ったかなぁと困った表情を浮かべて、顔をポリポリと掻く。私たちのせいでこんなに困らせていると思うと非常に申し訳ない。
さ、気を取り直して…と改めてどのベッドが良いか吟味する私を他所に、課長は少し電話してくるとスマホを片手にお店の外へ出て行ってしまった。
残された私は陸さんの説明を聞きながら、どのデザインも素敵だなぁと顎に手を当てながら悩んでいた。
「宗輔、普段あかりちゃんの前ではどんな感じなの?」
候補をやっと一つに絞れた頃合い。陸さんが首を傾げながら私にいたずらな笑みを向けた。
私の前の課長。
そう言われてすぐ思い浮かぶのは…
表情をピクリとも変えずに、冷たい視線をシルバーフレームの眼鏡の奥から送る黒いオーラを纏った姿。そんな彼から「加藤」と呼び出された日には処刑台へと向かう囚人の気分だ。背景にブリザードが見える。
だけど、昨日から私のそばにいる課長は今まで見てきた課長とは違う。クールな感じだけど、ブリザードではないし。たまに見せる妖艶な笑み、大人の色気オーラ。黒というより紫なオーラ?いずれにせよ、心臓に悪いことに変わりはない。
「一言で言えば……悪魔?」
「ぷっ……くははははははははは!」
私の答えを聞くと一瞬目をこれでもかと見開いた陸さん。すると今度はお腹を抱えて、店舗内に響くような大きな声で笑い始めた。幸いにもお店には私たちしか居ないから良いけど。流石にこんな爆笑されるとは…。
「あっ、これ課長には内緒にしてください!」
ひーひーと未だ苦しそうにお腹を抑える陸さんは、「絶対言わないから、大丈夫」そう言うと笑いを噛み締める。
「何だか楽しそうだな」
いつから居たのか。電話を終えた課長の低い声が背後から響いた。思わず私は「ひぃっ!」と肩をびくつかせたけど、陸さんは眉間に深い皺を刻みながら、腕を組んで仁王立ちする黒いオーラを纏った課長を見ると
「間違いねぇ!」
更にツボにはまったのか。
陸さんの笑い声はもうしばらく店舗内に響き続けた。
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