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「アイツから変なことを言われなかったか?」
「はい」と返事をしたけれど、課長はどこか納得のいかない様子。お会計と配達の手続きを終えた私たちは、次の目的地へと向かっていた。未だに眉間に皺を保ったままハンドルを捌く課長はどこか不機嫌だ。
会社で不機嫌な課長を見たら視界に入らないように細心の注意を払う所だけど、今の課長はどちらかと言うと拗ねている子供のように見えて…なんか可愛いと思えてしまう。陸さんに大笑いされたのがそんなに嫌だったのかな。それにお店を出る直前に陸さんに耳打ちされた言葉…
『アイツ、あぁ見えて結構弱いところもあるから』
あかりちゃん頼んだよ、と力無く微笑んだ。
どういう意味だったんだろう。
いつも完璧で、人を寄せ付けないブリザードを振りまいて。おまけに私をからかって面白がってる、悪魔に格上げされた絶対零度のこの人に弱点なんてあるんだろうか?
「着いたぞ」
程なくして到着した目的地は課長のマンションから少し離れた百貨店だった。車から降りた私たちは早速お目当ての食器を選びにお店へ直行した。
「わー!どれも素敵で目移りしちゃいますね」
さすが百貨店。シックな物から可愛い柄物まであらゆる種類の食器が並んでいる。とりあえず足りないのは大皿と小鉢。それから小皿も。
課長のお部屋の雰囲気にも合うように、白と黒を基調としたシンプルな食器を選ぶ。その時、ふと目に入って来たのはマーブル模様の美しいマグカップだった。
グラデーションが綺麗で、でもスタイリッシュなフォルムは課長の部屋に置いても違和感が無さそう。あんなに綺麗なマグカップ見たことない。
思わず手に取ってみたくなったけど…。もう白に花柄模様が彫ってあるマグカップが二つあったはず。それに三ヶ月。この生活が期限を迎えて終わるのであれば、別に今買わなくても良いと思うし。
ひとまず早急に必要な分だけ選ぶとレジに向かって歩みを進めた。
「それだけでいいのか?」
「はい!十分です」
どうやら課長は食器だけではなく、あらゆるもの…例えば洋服も機能性重視でこだわりがないらしく、私の気に入った物を選べば良いと一任してくれた。
機能性重視と言いつつ、今着ている服もスタイリッシュで十分お洒落なんですけどね。イケメンハイスペック恐るべし!
レジに手にかかえていた食器を並べ、お会計お願いしますと呟いたその時。
「すみません、これも一緒にお願いします」
後ろから伸びた手にあったのは…
私が見惚れていたあのマグカップだった。
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