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しばらくお互い何も話さず、気まずい雰囲気が流れていた。だけどそんな空気を打破したのはマスターが作ってくれたミートドリアだった。
ふつふつとチーズが踊るドリアからは芳ばしい香りが漂う。
「美味しそう!」
スプーンを思わず握りしめ、自分の目尻が下がっていると見なくてもわかる。美味しい物に目がない私。自分で作ることも好きだけど、週末は食べ歩きなんかもしている。
「自慢じゃないが、ここのドリアは日本で一番美味いと思っている」
やっと私と視線を合わせてくれた課長は柔らかい、穏やかな笑みを浮かべていた。
確かにとてもクリーミーで、程よくバターの風味と塩気がきいているドリアは今まで食べたドリアの中でズバ抜けて美味しかった。
それからマスターのスペシャリティーコーヒーを飲みながら私たちは少しずつ会話を積み重ねていった。
今日は私が朝ごはんを作ったけど、普段はここで朝食を取ってから出勤していること。コーヒーは基本的にブラックが好きだけど、疲れている時は甘いカフェオレを頼むこと。家具屋で会った陸さんとは保育園からの付き合いで、今も毎月一度は飲みに出かけている程気の知れた仲だということ。
「何だ、その笑みは」
「いや…。課長も普通なんだなと思って」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。ふふっと漏れる息を堰き止めるように片手で口を覆った。
だって会社での課長からは想像つかないくらい。人間味のある人なんだと思ったら思わず笑いが…。
「一体お前は俺を何だと思ってるんだ」
溜息と共に漏れ出した言葉。思わず『悪魔』と答えそうになるが寸前でおさめることができた。
ふぅ、危ない。
思わず本音が。
笑って誤魔化そうとしていると、目の前にカチャリという音と共に私の大好物が現れた。
「これ、さっきのお詫びに。僕からの奢り」
そう言ってダンディーに微笑むマスターから差し出されたのは白いクリームの上にちょんっと艶やかな苺が愛らしいショートケーキ。
甘いものも大好きな私。その中でもショートケーキは格別だ。
「え!?良いんですか?」
目をキラキラと輝かせてマスターを見れば
「喜んでくれているようで何よりだよ。これに免じて、さっきの事は水に流してくれないかな?」
そう眉を下げて微笑んだ。
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