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『いきなり結婚とか重すぎ。オレ、まじ無理だから。そんなに結婚したいのなら他あたってよ』
送られてきた文面を何度も何度も読み返す。送られて来た相手は彼氏…ついさっきまで。
スマホを持つ手が震えている。
あぁ、どうしよう。どうしよう。
私の"どうしよう"は、将来ずっと一緒にいるのだろうと思っていた人物からのまさかの仕打ちに対して二割。その他が八割占めている。
その、その他が問題なんだけど…。
時間もない。
他に頼れる相手もいない。
私の人生がかかっているのに……
「何かあった?なんか思い詰めた顔して」
顔を上げると、休憩から戻って来たりっこ先輩こと、長谷川律子(はせがわりつこ)が心配そうに私を見つめていた。りっこ先輩は私の二つ年上で、スレンダーで艶やかな黒髪のロングヘアが似合う綺麗なお姉様だ。
「まぁ、ちょっと…」
「うわっ、本当にひでぇ顔してるよ。変な物でも食ったのか?」
隣のデスクの同期、鮫島亮(さめじまりょう)が被せ気味に突っかかってくる。新人研修で同じワーキンググループに振り分けられた時からの仲だ。茶色味がかった髪にふわふわパーマ。女性の私から見ても羨ましくなるクリっとした目。ハーフっぽい、可愛らしい見た目から想像は出来ないが、これでも仕事は出来るタイプだ。ただ、少し性格に難ありだけど。
「食べてないわ!なんで鮫島くんが話に入ってくるのよ!りっこ先輩…助けて下さいー!!」
「いいから、私に話してみて」
いつも優しいりっこ先輩のご好意に甘えて、私は現在抱えている問題を話すことにした。
それは遡ること二週間前ーーーーーー
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ーーーー
私は自宅のリビングで両親と対峙していた。
あぁ…頭が痛い。
目頭を押さえて、天を仰ぐ。頭痛の原因はもちろん病的なものではなく、精神的なものだ。理由は明白。目の前にずらっと並べられた写真の数々。
「頼むよ、あかり。あかりの写真を見せたら、取引先の専務が張り切っちゃって…」
「何で人の写真、勝手に見せるのよ」
「これも親孝行だと思って…な?別に会うだけでいいんだ」
手を合わせて、この通り!と懇願するのは私の父。中小企業の営業マンだ。父の口ぶりからして、いつも贔屓にしてくれている大手メーカーの専務なのだろう。どうしてもノーと言えないこの性格。それに大口の取引先となると、無碍に断る訳にはいかないということもわかる。でも、それとこれとは話は別。お見合いする、イコール、こちらに断る権限がないという方程式はすぐに想像できた。父のことは嫌いじゃないけど、これだけはイエスと言う訳にはいかない。
「私、結婚を考えている人がいるの。決まった相手がいるのに、お見合いする方が先方に失礼でしょ?」
「そうなのか?……なんだ、そんな相手がいるのか。じゃあお断りするしかないなぁ」
腕を組み、ガックリ首を垂らす。でも仕方がない。だって本当のことなんだから。
「そういう訳なの。ごめんね、父さん」
これで私の頭痛のタネは綺麗さっぱりなくなった。目の前に広げられた写真を片付け、自分の部屋に戻ろうとした時。耳を疑う一言が父から発せられた。
「今度の休みにその人を連れてきなさい」
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