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顔を見なくてもわかる。
この凍てつくような声の主。
「ひ、氷室課長…」
振り向くと、予想通りの人物が冷たい目で私を見下ろしていた。氷室宗輔(ひむろそうすけ)。私の所属するデジタル戦略部企画課の課長だ。少し癖があるけど、清潔感のある短髪の黒髪。切れ長の目にすっと通った鼻筋。32歳という若さで課長になった高身長、ハイスペックな美男子。ここまでだとモテ要素満載だが、シルバーフレームのメガネの奥から発せられる冷たい視線が全てを物語っている。
通称、ー80度の氷の男。
仕事に厳しく、使えない人材は容赦なく切り捨てる。彼の笑顔を見たものはいない。
「随分賑やかしいが、明日の会議の資料はもう出来たんだろうなぁ。加藤」
「ひっ!」
やばい、まだ途中だ。
背中にじとーっと嫌な汗が伝う。
「す、すいません。まだです」
「まだだと?ほう、いい度胸だな」
ニヤリと腕を組む課長。背後に黒いものが見える。氷どころじゃない。この人はきっと悪魔だ。
「加藤、この後俺のデスクに来い。この間提出された書類に不備があった。それから鮫島!あのプレゼンの資料はなんだ。クライアントに何も伝わらん。早急に直せ」
「はっ、はい!わかりました」
鮫島くんまでとばっちりを受けてしまった。課長に見えないように、ごめんと小さく手を合わせる。
「わかったのなら、さっさと仕事しろっ」
そう言って課長は踵を返して行った。
課長の背中を見送ると、一気に張り詰めていた空気が緩む。
「ごめんなさい。鮫島くんも私のせいで…」
「いいよ。しかし、ビックリしたなぁ。背後から迫ってくるとわ」
とりあえず仕事しなきゃ。この問題は後で考えよう。
そう思ったのも束の間。私は課長に呼び出されていることを思い出し、頭を抱えた。
うわー。また怒られる。仕事がなかなか終わらなくて、後半確認を怠ったせいだ…。
胃の辺りがキリキリして重い。一歩ずつ課長のデスクに近づく度に重みが増している気がする。
「課長、すみません。不備というのは…」
「あぁ、ちょっと来い」
パソコンの画面から視線を移し、隣の会議室へと入って行く課長の後を追った。
またお説教タイムだろうか。いつも凡ミスが多い、確認を怠るなと言われているのに…また書類の不備って。
「誤字に印鑑漏れ。付箋貼ってあるから、直ちに直せ」
「はい。ありがとうございます」
受け取った書類には悲しいくらいの付箋が…。あぁ、本当にだめだめだな、私。
一礼して、会議室を後にしようとした時だった。
「俺がなってやるよ」
課長の声が会議室に響いた。
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