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何のことかわからず首を傾げていると、課長はため息を吐くと共にシルバーフレームをそっと上げた。
「察しの悪い奴だな。だから、お前の婚約者になってやると言ってるんだ」
ん?
んんん?
コンヤクシャニナッテヤル?
うまく日本語変換が出来なくて固まっている私を他所に、課長は続ける。
「で、いつなんだ?」
「えっ……と。今週の土曜です」
「ちょうど予定は空いている。問題ない」
長椅子に浅く腰をかけた課長は、足を組み、長い指をなぞってスマホを確認している。
いや、問題なくない。大アリだ!
「せっかくですが、さすがに課長のお手を煩わせるわけには…」
「集中できないまま仕事をして、ただでさえ多いミスがこれ以上増えてもらっては困る。誰か他にあてがあるのであれば別だが」
言葉の端々にあるトゲが痛い。
ズキズキする胸の辺りを押さえながら、やっとのことで状況を理解した。
この氷の男が私の婚約者のフリを?…いやいや、あり得ない。無理だ。仕事以外で関わるなんて私のココロが持たない。でも、あと2日で代わりが見つかるとも思えない。
チラリと課長を覗き見ると、早くしろと言わんばかりの冷たい圧を発している。
これは私に拒否権はない。
まぁ、親には熱りが冷めた頃に別れてしまったということで誤魔化せばなんとかなるか…。
「で、ではお願いします」
「決まりだな。これを登録しておけ」
課長から渡されたメモには、課長の連絡先が記されていた。既に知っている携帯番号ではなく、トークアプリのID。
うわっ。えらいものを貰ってしまった。仕事が終わってからも、課長のことを考えなきゃいけないのか。
婚約者役を見つけるという難題をクリアしたけど、また別の問題が発生している。
課長はじゃあ後で、と言って会議室のドアノブに手をかけた。そこでピタリと動きが止まる。
「お前、捨てるなよ?」
「すっ、捨てるなんて滅相もない!」
こんな個人情報満載のメモを捨てられるわけがない。まして、登録してなかったとバレたら…。
想像して、一気に寒気がした。
「なら良い。早く仕事に戻れ」
バタンという音と共に見えなくなった課長の姿。ついつい大きなため息が漏れた。
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