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そういう訳で、迎えた当日。
目の前には満足そうにニコニコ笑う父と、若干頬を赤らめ、恥ずかしそうにチラチラ見つめる母。そして、何故か今日に限って家にいる妹のひかるが目をキラキラさせている。
課長、見た目は良いからね。
中身に大きな問題があるだけで、その中性的な顔立ちに高身長は誰もが目を奪われる。
課長のことをよく知らない他部署の人が、キャーキャー言ってるのを何度か聞いたことがある。
遠目で鑑賞するには持ってこいだよね、とりっこ先輩も言っていたっけ。
そして、当の本人は…
チラリと視線を移すと、見たことのない笑顔を浮かべている課長がいる。
うん、"猫を被る"とはまさにこのこと。
いつも笑顔だったら、もっと近寄りやすくなるのに…。
「どうかしました?あかりさん」
「い、いえっ!」
突然下の名前で呼ばれてドキッとする。いつも呼ばれる時は加藤って名字で、怒られてばっかりだからな…。
「いやー、あかりがどんな人を連れてくるのか心配だったが、こんな素敵な人だとは…ビックリだよ」
「そんな滅相もない。いつもあかりさんに支えてもらっています」
「ところでっ!宗輔さんはお姉ちゃんのどこが良かったの?!」
突然、話に割って入ってきたひかるは目をキラキラさせながら課長に詰め寄る。良いも何も、付き合ってるフリなんだから。そんなこと言われても困るでしょ!
「こら!ひかる!いきなり何をっ」
とりあえず、ここは話を変えないと…そう思っていたけれど
「いえ、少し恥ずかしいですが。良ければお話しますよ」
猫被り課長がまさかの発言!
目を丸くしてぱくぱくと声にならない言葉を飲み込んだ私を他所に、課長はまっすぐ前を見て言葉を紡いだ。
「まぁ、少しそそっかしい所はありますが、いつも一生懸命で真面目で。それでいていつも元気で明るくて。気付けばいつの間にか、彼女の姿を目で追うようになってしまって…。ずっと僕の一方的な片想いだったんです。でも今こうして彼女の隣で、あかりさんのご家族に挨拶が出来て…彼女のことを誰よりも幸せにしたいと思っています」
ねっ!と私に視線を送り、柔らかく笑う課長に嘘だとわかっていても顔が熱くならずにはいられなかった。
その様子を見てきゃあと黄色い声をあげるひかるに上機嫌な父と母。さすが頭がキレる男と上層部からの信頼が厚い課長。こんな嘘がスラスラと吐けると思うと怖い気がする。それよりも、この家族から送られる生暖かい視線が居た堪れない!早くこの場から立ち去りたい。そんな想いが私の心を埋め尽くしていた。
「あかりさんとは、結婚を前提に真剣にお付き合いしています。よろしくお願いします」
「出来の悪い娘だが、よろしく頼むよ。宗輔くん。もらってくれるのなら、今からでも一緒に住んだらどうだ?」
ん?何か話が変な方向に…
「そうね!なかなか花嫁修行させてやれなくて申し訳ないけど…。善は急げって言うじゃない。宗輔さんが良ければ。ねぇ、お父さん」
父と母、そしてひかるできゃあきゃあと盛り上がっている。いやいや、課長には婚約者のフリをしてもらっているだけなのに。ここは止めなくては!
「いや、お母さんも…」
「ぜひ、よろしくお願いします」
暴走する両親を止めようとする私を遮り、課長が頭を下げた。
えっ?はっ??
よろしくお願いします…って
どういうこと?
何がどうなっているのかわからず、慌てふためく私を他所に、話がどんどん思いがけない方向へ進んで行く。このままではいけない。
「かちょ……そ、宗輔さん!ちょっと」
課長の腕を引っ張り、どうにかして廊下へと連れ出した。色々と疲れ過ぎて、ぜいぜいと肩で息をする私とは違い、課長は涼しい顔をしてなんだ?といつもの絶対零度の表情。
「打ち合わせと違うじゃないですか。そんな所まで話を合わせなくてもっ」
言葉を遮るように、柔らかく、そっと唇に触れたもの。目の前には課長の整った顔があった。
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